独楽ログ〜こまログ〜

45歳、女性、日本人、がひとりで毎日楽しくすごす方法を検証。

にんじんは…

青天の霹靂はないけれど

あけましておめでとうございます。

数年ぶりに、年始年末、家でごろごろ。騒がしすぎるテレビとか、からっとした冬晴れとか、枝ばかりになってしまった木々、曜日の感覚が消えて、時間がだらだらとすぎていく感じとか、正月っていつでも同じなのだな、とうれしいです。

今年はなにが起きるかなあ⁉︎と無意味にわくわくしていた時代は過ぎ、

もうすぐやってくる誕生日、そしてその後の人生を思うと、けっこう暗い気持ちになりますが、それはそれとして、でもできることをやろうではないか、とごく普通に考えたりもします。奇跡とか青天の霹靂とか、まさかの展開などは期待できない。できそうもないことは、たぶんもうできない。

 でもまあ、そっからが勝負です。

これしか持ってないけど、それでなにを、どうつくっていこうか。

それを考えて、あれやこれやと試行錯誤することは、きっと楽しいし、希望にもなる。

徒労になることも多いだろう。でも、日々の積み重ねが実って小さな達成感を得られることだって、たまにはあるだろう。

 そんなことに一喜一憂せずに、よっしゃよっしゃ、と自分を眺め、肩たたきながら暮らしていこうと思います。

 そして、もう10年くらい連絡をとっていなかった友人に手紙を書こうと思います。

なんだかふとそんな気になりました。

以上、2017年元旦のことば。

 

がっつり火入れで青臭さを消す、と思っていたけれど

次から、ブログ。

正月だからといって、取り立ててスペシャルなねたがあるわけでもなく、昨日、大晦日に何十年ぶりかに聴いた松田聖子について、いろいろ思ったり書きたいと思ったのだが、倉庫にあるか捨ててしまったか不明の(ひどい。愛聴盤だったのに)数々のLPが発掘できず、写真が撮れないので、またいつか。とくにすごいねたでもないのですが。

 ところで、にんじんですが。

「にんじんは殺さなければいけない」というのが、この年始年末に痛感したこと。

ポタージュにするにしてもソテーにするにしても、にんじん、美味しいけれど、どうしても青臭さが消えないときがあって、なんとかならないかなあと思っていた。

とことん煮るとか、じっくりじっくりソテー、とか、要するにがっつりと火を入れるしかない、あとはハーブだのスパイスだのあとは牛乳、にんにく等で青臭さを覆い隠すしかないと思っていた。それでも、隠しきれないことも多かった。

 でも最近、要は、火入れがたりなかった、らしいと気づいた。「殺しきれて」いなかったらしいのです。

 ポタージュの記事でも書いた「ル・マンジュ・トゥー」の谷昇シェフいわく。

「かぼちゃは煮崩れてペースト状になるくらいまで、しっかりとソテーすることで自然の甘みとこくが充分に引き出されてくる。ぼくはこの充分な炒めのことを“炒め殺す”と言っています」とおっしゃっているのだが、これはにんじんにも言えるのではないだろうか、と思ったのだ。(→よく読んだら、にんじんスープもこれで作ります、と文末に書いてあった…)

 というのは、まず今月の「料理通信」2016年10月号に載っていたにんじんのソテー。和歌山の「イ・ボローニャ」という店のメニュー。最初にまるごと20分以上茹でて、それから輪切りにして、じっくりじっくり揚げ炒め。「もういいかなと思った、さらにその先の火入れ」で劇的においしくなる、という。

そうか、今までじっくり煮たつもりでいたけど、私は全然足りなかったんだ。だから青臭かったのだ。

実際、レシピ通りに作ったら、とろりと甘くて青臭さは微塵もなかった。

 

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⇧クリスマス&結婚記念日ディナーにて、「“その先の”にんじんソテー」にトライ。イタリアンパセリはなかったので、香菜を散らしたら、妙にあって美味しかった。

 

そして、ジュース用無農薬にんじんを、まちがってだぶって2か月分注文してしまったため、消費もかねてにんじんケーキを作ることにしたのだが。

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⇧レシピにはないけど、にんじんケーキには、クリームチーズにメープルシロップをまぜたクリームを必ず。

 

いつも作るのとは違うレシピも試してみようと、徳永久美子さん「パンとお菓子の本」(最近こればっか…)から。このレシピの特徴は、アーモンドパウダーがかなり多いこと、粉は全て全粒粉であること、そしてにんじんを蒸してから使うこと!

キャロットケーキやマフィンの類では、ほぼだいたいにんじんはスライサーですりおろして使う。あんな青臭いもの、生でいいのだろうかといぶかりつつ、蒸すのはめんどくさいのですりおろして作っていた。ケーキにすると青臭くはなく、生でもいいんだなあ、などと思っていたのだが、せっかくだからここは言われる通り、火を通してみた。オーブンを使っていたので、ついでということで、アルミホイルでつつんで放り込み、石焼風にロースト。

 完全無欠に殺した。3回は死んでると思う。…と言えるほど、とことんオーブンに入れて、ほくほくとろとろになったにんじんで作った。フォークで押すとあっというまにペースト状になる。全粒粉はパン用の強力粉タイプが大量に賞味期限寸前で、これを使うために、2/3は全粒粉、1/3は限りなくグルテンの少ない薄力粉「特宝笠」にしてみた。全部強力全粒粉にしたらとんでもなく重いケーキになりそうで…。さらに書いてなかったけど、ピーカンナッツを入れ、アーモンドパウダーの1/3はパウダーでなくスライスをローストしたものを。ざっくざっくナッツの風味のするものにしたかったので。

 けっこうおっかなびっくり作ったのだが、これがあまりにおいしくて、「うわ!」と声が出た。今までのにんじんケーキとは段違いにおいしい。殺したにんじんのせいなのか、大量のアーモンドのせいなのか、全粒粉のせいなのかは正確にはわからないのだが、とにかくものすごくうまい。でもたぶん、にんじんのおいしさ。

 キャロットケーキは私にとって、おいしいけど、ごくたまに食べる程度で、騒ぐほどのものでもないと思っていた。正直今の今まで、なんでにんじんをケーキにしなきゃいけないのだろう?と、疑問だった。もっと言うと、貧乏くささすら感じていた。でもこれを作ってはっきりと、「おいしいから作ったのだ」とわかった。決して収穫しすぎたものを消費するためとか、安上がりに手近な野菜でお菓子を作るためとかではないのだ。

 そして、にんじんは殺してはじめて生きるのだ、とも強く強く確信し、新年を迎えたのです。

「やっているつもり」で実際は「やれてない」。そんなことが、自分の周りにどれだけあるのだろう。いろんなこと、見逃したりやり逃したりしるんだろうなあ。

でも、もう違うぞ。

2017年はいままでと違う景色が見えると思う。きっと。

 

 …朝のジュースに使うにんじんは生ですけどね。まあ、そこは臨機応変に。