4回め 石川県 能登空港へ
羽田⇔能登 プレミアムクラス
910マイル×2(往復)+500ボーナスPP×2=2820 ×2(PP倍増キャンペーン)5640PP
だいーぶ間が空いたのですが、去年10、11月で有効期限間近のANAマイルを使ってプラチナステイタス獲得のためのマイル修行をしてきた。
この日は石川県の能登へ。”たぶん旅行先としてすぐには思いつかないところ”という基本にかない、さらに片道500PPがボーナスとして追加されるので、ここにした。しかしどんな旅でも「ついてない旅」というのはある。8回も旅行したらすべて素晴らしくなほうが無理なわけで…。今回は能登がそうだったらしく、いろいろトラブルがあった。愚痴が多いのですが、能登に罪はないです。すみません。
能登輪島空港
庄内のときは悪天候で、空港についてラウンジにまで入ったのに引き返して、面倒だったけどよかったーと思ったのだが、こちらは「変更不可」のチケットにしてしまったのだね。ほんのわずかな値段の差だったのに。当たり前だが「変更可」のチケット、これ大事だわー、とまず反省。天気に激しく感情を左右される自分の性質を忘れていた。加えて、単なる曜日の都合で公営プールで泳ぐこともできず。
しかしのと里山空港は混んでいた。地方空港が混んでいるの、那覇以外は初めてで驚く。レンタカーを手続きするだけで軽く20分以上待つ。でもにぎやかなのはよき。
それで観光喚起策として、輪島まで(約30〜40分)の乗り合いタクシーは無料(‼)、レンタカーを借りるなら3千円補助! 能登の日帰り温泉を探していたら、こんなキャンペーンを発見したのである。探してなかったら見つけられなかったが。ありがたいけど、どうなってるんだ地方財政…。あまりの大盤振る舞いに不安になる。もちろん補助してもらいましたが。ほぼタダでした。
どんよりした雨のなか、山を切り開いたような道路を、出たばかりのテイラー・スウィフトの新譜を聴きながら輪島めざしてえんえんと北上。道は走りやすくてよかった。しかし両サイドに山がそびえていて、なかなかの圧迫感。
どうにか輪島に着いたけれど、目当ての朝市は終わりつつあるし、そもそも雨なので人も少なめ。うーむ、ついてない。こうなると不運をおもしろがるしかない。
記事を書くため、写真を見直していたら、そんなに不運ばかりの旅でもない気がしてきた。いろいろ楽しんでた。印象って怖いな。…というかたぶんまず、体調がいまいちだったのだな。持病の目痛が起きたときからあって、これはもう一度始まると寝ることでしか解消できない。それで苦手な飛行機に乗ったり、苦手な車の運転までしたので、どんどん悪化してってしんどかったのだ。私の場合、目が痛くなるともうすべて終わりである。なにもかもどうでもよくなるし、「とにかく寝かしてくれ」としか言えなくなる。
そこへ永井豪記念館が!
気が滅入ってきたところで、永井豪記念館が現れた。ものすごくファンだったわけでもないのだが、こういうものが好きなのでテンション上げて入館。伝説的作家の例にもれず、膨大な量を描いてきたことにまず圧倒される。学園コメディからSF、歴史ものまで、北斎のように「この世のあらゆることを描く」気概に満ちていて感銘を受ける。しかもこの人の場合、『ハレンチ学園』とか、世の良識からまるきりはずれていて、今でこそ巨匠だけど当時は全然尊敬だの称賛だのされてなかっただろうし、逆に反対勢力は山ほどいただろうし(お金は得ていただろうが)。一見「くだらないもの、ばかばかしいもの」にここまで情熱注げた、いうことがすごい。しかも『デビルマン』ではくだらないどころか、かなり深淵な世界に突入したしなあ…。
なにがこんなに彼を焚き付けたのだろう。面白かったんだろうなあ。次々と新しいアイディアが湧いてきて、それで物語を作って、作ったとたんに神話みたいに強力に全国民に浸透していくっていうのが…。どんなドラッグよりも興奮をもたらしたのだろう。
予報通り、12時前には雨が止んで晴れてきたので、気を取り直して旅を再開する。
おいしそうなイタリアンにランチのため立ち寄ったら、満席。まあしょうがないね、と諦めかけたら、席があいたら連絡をくれるという。いやそれは迷惑では…と辞退したが熱心にすすめてくれるので電話番号を書いてくる。
キリコ博物館
キリコとは祭りのときに使われる奉燈のこと。これを展示した博物館、なかなかおもしろかった。見学者は私ひとりで、学芸員さんがつきっきりで案内してくれる! ずらりと並べられたキリコを見て歩くと、気がつくとスロープを上がっていて、二階部分に来ている。そこからはキリコの裏側を見ることができる…と、なかなか建物の造形がおもしろいのだ。
なにしろ巨大で、ビル3階ぶんくらいは軽くありそう。すごい。これを祭のたびに出して運んでたの? こんな縦長のもの、運ぶの難しすぎるよね? 江戸時代のものはさらに大きくて、見上げると恐怖がわくほど。なぜ小さくなったのか尋ねると、現代になって電線ができて通行できなくなったから、と…。なるほど…。
見終わってもレストランからは連絡なく、もうこれはナシだなと判断して、海沿いの旅館に日帰り風呂へ。プールに入れないならせめてお風呂に。ちっとも治らない目痛が少しでも改善しないかと期待をこめて出かける。
日本海を眺めて車を走らせるのも楽しく、お風呂もよかったのだが、レンタル(レンタルじゃなかった、あとで知る)タオルがすさまじいクォリティで、顔をおさえると顔中が繊維だらけになる。めっちゃくちゃ不快。100円のタオルだからしょうがねーだろ、と言わんばかりの品である。レンタルだと洗わなきゃいけないからこのシステムなのだろう。客のこと1ミリも考えてない。ひどい。「レンタルタオル有り」の情報を得て手ぶらで来てしまったので、これでふく以外どうしようもないのだが、ちょっと怒りが湧く不快さであった…。受付で戻すと「あら、もういりませんか?」と言われた。この糸くずの塊をどうしろと? とまた腹が立った…。旅館名は伏せます。
怒りのせいか、目はますます痛い。耐えながら車を再び運転していると、レストランから。すでに3時近いので「そちらに着いたら3時すぎるので、今回は諦めます」と言うと、構わないから来てください、と。感激して再び海沿いから市街地へ向かう。しかし目は痛い。車を運転するのは悪化度1,2位を争う行為なので、仕方ないのだが。ああつらい。
最初のスープとパンを食べた時点で「すっごくおいしい店かも」という予感があり、それは当たった。前菜もパスタもはっとするほどおいしい。しかもめちゃくちゃリーズナブル。この凝った前菜と具だくさんのパスタで2千円してなかった。
なのに…なのに自分ときたら! 目痛が悪化して吐き気までやってきて、食べきれなかったのである! 前菜を食べた時点でもう満腹だった。なぜ食前にブラッドオレンジジュースなど腹にたまるものを頼んでしまったのか。パスタの三分の一の時点で「もう一口も食べれない」という事態に。こんなに親切にしてもらって、残せない。しかしもう一口も…という苦悶の時間を過ごしていたら、「大丈夫ですか? 残してくださいね。うちは量が多いから…」と優しいお言葉が。というわけですみません、完食ならず。本当に申し訳ない。いま、空腹の状態で写真を見ながら記事を書いていると、つくづくと残したことが悔やまれる。おいしかったのだ。目痛いたいとかおなかいっぱいとか、本当にその状態がすぎると忘れてしまうんだよなあ。不思議。
謝り倒して店を出て、帰りの飛行機の時間が近づいてきたので早々に帰ることにする。本当は總持寺祖院というところに行きたかったのだが、レンタカーのおじさんに「うーん、地元の人なら簡単に行けるけど…慣れてないと難しい道かも」と言われて諦めたのである。
とにかく具合が悪いので、おとなしく来た道を帰る。
途中で止まってぶらっとして、里山な眺めをどうにか堪能。
車を返して空港に着いた頃には、目痛が最高潮に。つらくて死にそう。起きてられないほど痛いのでベンチで寝る。あー、この状態であの恐ろしい飛行機に乗るなんて信じられない…しかし乗るしかない…とにかく横になって首と目を閉じて休めよう。途中、地上のCAさんがやってきて優しくいたわってくれてありがたかった。機内にも引き継がれていて、みなさん親切にしてくださった。
その後飛行機は無事飛び立ち、水平飛行になり、どうにかこうにか眠りにつこうとしかけていたら、「お客様」と起こされた。ちょっとやっとうとうとしかけたのに…なに?「マスクをしてください」。まじか‼ 隣も、その隣も、誰も座ってないのに⁉ 機内の一番先頭に座っていて、前にも誰もいないけど? 後ろもひとり、ふたり、だけど⁉ やっと眠って回復しようとしているこのときに起こされて、これを言われるの⁉ ついさっき、集団で寄ってきて「大丈夫ですか、おつらいですか」のいたわりは欺瞞だったのか。本当にびっくりした。「今マスクしたらその場で吐きます」と答えて拒否。あれほど好きだったANAへの気持ちが変わった瞬間である。
あの過剰なまでのサービスの数々とこの融通の一切効かないマスク強要はコインの裏表。これがあるから、あれがある。あれがあるから、これがある。わかってはいるけど、じゃあもうあんなにサービスしてくれなくていいです、という感じだ。しかし私は来年からプレミアムメンバー。海外へはいますぐ行きたい。いったいどうしたらいいの…。ちなみに最後、降りるとき「お荷物になりますが…」とペットボトルの水やお手拭き、飴などいろいろくれた。もちろん激しくお荷物になった。バッグが重いというのが目痛をさらに悪化させているので、このサービスにもめまいがした。しかし断るのも面倒でいただいてしまい、「重いんだよ…」と言いながら持ち歩いた。
羽田から自宅までもきつかった。なにせ夕方のラッシュ時間。どこもかしこも人だらけ。いっそ羽田のホテルに泊まろうかとも思ったが、さすがにそんな身分ではない。1時間で帰れる、と励ましてがんばる。「とにかくつらいから楽したい」という場合、通常はタクシーに乗るのだろう。しかし私はなにしろ乗り物全般が苦手、とくにタクシーは、という厄介な体質なので、この最楽案が使えない。不便だ。乗り物のなかで一番楽なのは電車、ということで「うう…」とうめきながら羽田からモノレールで浜松町、山手線で東京駅、と乗り継いでいく。東京駅の雑踏がとにかくつらくて悲しくて、あれは今でもはっきり思い出せる。絶望的にしんどかった。目痛で死ぬことはない。一晩ぐっすり眠れば治る。致命的なものではない。しかし眠るまでは死にたくなるくらいつらいのである。
実は、そういうあれこれを克服しようというのも、今回のマイル修行の目標のひとつだった。だが、こりゃ無理かなあ、と思った。「みんなは飛行機も怖がらず、意味不明な目痛にも悩まされず、平気で旅行してる。自分だって慣れればできるはず」という気持ちでやってたのだが、「無理かも」と思った。「自分は普通より脆弱なのだ。しかも若くもない。仕方ないのだ。無理なことを克服しようとせず、避ければいいのではないか」。そういうコペルニクス的発想の転換さえ、訪れた。
愚痴っぽい記事を読んでくださってありがとうございます。