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独楽ログ〜こまログ〜

45歳、女性、日本人、がひとりで毎日楽しくすごす方法を検証。

スペイン旅行記 その26 プラド美術館と土曜のグランビア通り

まずはプラドへ!

 

 マリアの家はプラド美術館から徒歩10分という絶好の場所にある。石畳、古い建物、路地、とやはりここもヨーロッパらしい町並みで、ぶらぶらするのが楽しい。

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早く寝たので早く起きてしまったが、例によって店はあまりやっていない。週末だからなおさらのようだ。しかしわずかにやっていたカフェが楽しく、全然期待していなかったクロワッサンサンドもおいしくて、得した気分。いまさらだけれど、スペインというのは、なにを食べても間違いのない、本当に本当に美食の国、なのかしら? と今更思い始める。

 

 部屋のバスルームで、持参した洗面器で洗濯しかけるが、途中でいいかげん面倒くさくなってきて、マリアの洗濯機を借りることにする。しかし私たちが出かけたときには会えなかったので、美術館から帰ったら借りることにする。洗いかけた靴下などの下着は洗面器に洗剤を溶かしてつけおいておく。すぐ洗濯できるよう、バスルームには汚れ物をひとつにまとめておく。

 

 さて、とにもかくにもプラド美術館に行かなければ。調べてみたが、美術館パス的なものもなさそうで、オフシーズンは普通に行って普通に入場券を買えばいいみたいよ?ということで、そのまま行く。15分かそこら並んだだけで買えた。入場券は、普通のものと、2日間入場可能券と、分厚いガイド本つき、がある。値段的にはかなりお得。日本語版もあるので、かなりひかれたけどやめた。今思うとなぜ? なぜ買わなかったのだろう?? 夫は1日券、私は明日も来たいかも、と思い悩んだ末2日間券。これは正しい選択だった。

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 ⇧ああ、ついに…。

 

願いが叶う

 この旅の二大目的は、バルセロナでガウディを観る、マドリードプラド美術館のベラスケスとヒエロニムス・ボスを観る、である。はるばるこれだけの労苦をかけてここまでやってきて、ベラスケスたちがどこぞの美術館に貸し出されるなどしてなかったらどうしよう、というのが最大の悩みだった。美術館にメールで問い合わせたけどもちろん返事なし。あれこれ試したけどなにもわからず、最後は面倒になって、えーい、きっとある、と信じて行ってみよう!と結局なんの確信も得られぬまま旅行をブッキングしてしまったのだ。

 ここまで来てなかったら哀しいなあ…いや前回、パリのルーブルやオルセーで、「これを観たい」というものが、どういうわけ見つけられなくて、かなりがっかりしたのである。「また来ればいいや」というレベルの距離ではない。

 

 プラド美術館は撮影不可なので撮れなかったのだが、結果的に言うと、全部見れた。あっさりと、見れた。(実は1点だけないものがあったのだが、まあよしとしよう)。この美術館はなんだか非常に見やすい。とんでもない量のお宝があるわりにはコンパクトで、NYのメトロポリタンのように“あまりにも広大で、自分がどこにいるのかわからなくて閉所恐怖のような広場恐怖にかかって具合が悪くなる”こともなく、ルーブルのように“とにかく大きすぎて、なんだかすべてどうでもよくなってくる”ということがない。そしてフロアガイドの裏には、絵の写真入りで「観るべきもの」がどこにあるのか、ひと目でわかるよう解説が載っている。ものすごーく便利だ!

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 「ラス・メニーナス」も「キリストの磔刑」も「フェリペ四世の肖像」も「バッカスの勝利」も「ウルカヌスの鍛冶場」も観れた。妖しい色気むんむんのティツィアーノの「軍服姿のフェリペ皇太子」も観れた。ボスのめくるめく異形ワールドも堪能した。こんなに一度に観ていいのだろうか、となんだか罪悪感を覚えるほど、次から次へとすごい絵を観た。

 感無量。願いが完全に叶うっていうのは、中高年になると珍しいから、こんなにパーフェクトに叶えられると、本当に胸がすく。爽快である。

 どの絵も充実感たっぷりで「観た!」感に満ちていたけれど、しかしそれらとは別に、強烈だったのは実はゴヤだった。

 

プラド美術館ね。いいよね。でも行ったらゴヤも観なくちゃいけないよ…」と友達が言っていた。苦しそうな顔をして。その意味がわかった。

マドリード、1808年5月3日」を観た瞬間、頭を強打されたような衝撃。絵を観てこういうたぐいの感覚に襲われたのは初めてだ。この夜にソフィア芸術センターの「ゲルニカ」を観たけど、この感覚は訪れなかった。

 あの絵のなかにいる人たちの顔があまりにもリアルで、本当にすぐ目の前に、今から銃殺される人間がいるように思えたのだ。自動的に涙がだーっと溢れて、これを夫や周囲の人から隠すのに苦労した。ああ、アイメイクが流れる…。いやでも、本当にびっくりした。まぶたが硬直して瞬きができないような気がした。

 

マドリードの繁華街でパニック

 昼過ぎに美術館を出て、午後は自由行動。夫はアパートや近くのスタバで仕事をするというので、私は散歩がてら遠くのデパート、「エル・コルテ・イングレス」まで歩くことにする。

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⇧最初はかわいい店など眺めて楽しんでいた。

 

 実は私も旅行前から持病の腰痛が少しでていて、念のためコルセットをしていたのだけど、この日は疲れがピークだったらしく、ちょっと歩いただけでもう腰が痺れてきて、嫌な予感がした。しかし「まあ、いざとなったらタクシーに乗って帰ればいい」と思い、無謀にてくてくと歩いた。もちろん道は間違えていて、有名なグランビア通りに出れたのはうれしかったが、ここを目指していなかったのであせった。なぜならば、私のiPhoneはすごい勢いでバッテリーを消費していて、帰るまでに息絶えてしまいそうだったからである。とにかくiPhoneには生きていてほしいので、もうこれで地図を見るのはやめにする。しかし、持っていたガイドの地図では、どうにもこうにも現在地がわからない。地図でわかるのはエル・コルテ・イングレスのみ。現在地もマリアの家も不明。今自分がどこにいるのか、そしてどこへ行けばいいのか、皆目見当がつかないという事態に陥っていた。いつのまにか。

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⇧グランビア通りの、この有名な地点にいたころは、まだわかっていたのだが。

 

 そのうちどんどん腰がしびれてきて、5分おきにそこいら(カフェのオープンの席とか、ベンチとか、花壇とか)に座らないと歩けなくなってきてしまった。

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⇧こういうところとか。

 

 初めて観るマドリードの街を堪能しつつ、次第に追い詰められる私。追い詰められると「タクシーに乗ればいいじゃない」という最終手段すら、なんだか意味なく叶わないことのように思えてくる。そう、これは明らかにパニックの予兆…。

 しかもこのとき、土曜の午後。東京と同じで、すごい勢いで人があちこちに溢れ出してきた。うわー。週末の都心なんて絶対出歩かない、と東京では決めてる私が今、スペインの繁華街を、人に洗われて歩いてるよー…と誰に言うでもなく言いながら、ひたすら歩く。腰をおさえて、歩く。ここを歩いてもエル・コルテ・イングレスにはたぶん着かない、とわかってはいたのだが…。

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⇧スペインは難民歓迎なのだ! でもこの建物はなんだろう…。

 

 

  かなり歩いたあと(5,6kmかな?)、通りかかった歴史博物館という建物名を地図上に発見してようやく現在地発見。東に行くべきところを、えんえんと北上していたのだと知る。くー。ここからエル・コルテ・イングレスまでどんだけ歩かなければならないのか…。しかも、そんなにしてまでここに行きたいわけでもない。なにか楽しいお土産があればいいなあという程度なのだ…。しかし半分パニックになりかけている私は、気持ちの融通が全くきかない状態なので、目的変更もできない。買い物客と観光客でごった返すグランビア通りをひたすらに歩く。扇情的な音楽が雑貨屋だのファストファッション店などから流れてきて、心底げんなりし、僻地に行く勇気もないのだが、都会ってどこも同じでつらいわ…と、楽しい旅行に来てるはずなのに考え出したりもする。

 

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 歩けば歩くほど人が増えてくるような気がするのは、私の心が病んでいるからだろうと思っていたのだが、ようやく目的地、エル・コルテ・イングレスに着いたときに、それは間違いじゃなかったのだと気づいた。そう、この日はお祭りだったのだ! しかもどうやらスペインにとって超大事な日、レコンキスタに関するお祭りだったらしい。エル・コルテの前は大きな広場になっていて、ここに様々な仮装をしたグループが行進を待っているのか、待機している。広場から伸びるいくつかの通りは、その様々なグループがパレードしてふさいでいる。彼らも相当な数だったけれど、さらにそれを取り囲む一般人たちもすごい数だ。しかもどんどんどんどん流入してくる。

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⇧本当は写真なんかどうでもいい、という精神状態だったのだけど、のちのちのために!と唱えてなんとか撮る。

 

 最終的に、完全に前も後ろも塞がれて身動き不能になってしまった。うそ。動けない。誰も通してくれない。えー! 嘘、嘘、嘘でしょう!? だめ、だめです! 私、閉所恐怖症なんです! このしびれた腰で! 言葉が一言もわからない外国で! どうしよう、助けてくれ! 

「うわー」と、たぶん声が出てたのではないかと思う。なんとかわずかな隙間を見つけて、それは今歩いてきた道を引き返す=マリアの家からどんどん離れる、ことになるのだが、背に腹は変えられず、とにかく空間を求めて突進、体当たりで道を作る。そのうちどこを歩いてるのかわからなくなったが、それでも少しでも隙間のある方へと向かう。

 あまり明るくない通りへなんとか出て、ホテルがあったので飛び込んでカフェに倒れ込んだ。ホテルなら地図に乗ってるだろうしソファも大きくて柔らかいだろう。

 

 どうにか一息ついて、人心地。お茶を飲み、地図を見て現在地を確認。マリアの家もここらへんのはず、と見当をつける。パニックも通りすぎた。ああ、よかった。本当、危険だった。

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⇧居心地よくて救われたホテル(なのに名前忘れた)のカフェ。やはりおっさんたちが楽しそう。

 

 息を吹き返した私は、また恐ろしい広場に戻り、エル・コルテもちゃんと行って、(でも買い物する元気はなかった。夫の会社用のばらまき菓子だけ買う)、最短距離で帰宅した。それでも結構歩いたけど。

 

 いやほんと、無事帰れてよかった…。

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⇧エルコルテの店内。スペインでは生ハムがラケットのように売られている。

 

スペイン旅行記 その25 マドリード到着と2つの教訓

マドリード到着!

 極寒のサラゴサから快適なAVEに乗ってマドリードへ。車内のモニターで明らかにソープオペラ風のドラマをやっていた。男女が薄暗い部屋でいちゃいちゃしたり、痴話喧嘩をしたりするドラマを、乗客みんなで共同モニターで眺めるのってなんだか不思議…。

 

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 マドリードの駅はすごく東京や名古屋の新幹線駅と似ていた。異国情緒はゼロ。これからAir bnbのホスト、初対面の人に会うので緊張してなんというかそれどころじゃなかったというか。人の波に乗ってタクシー乗り場へ行き、ずらりと並んでいた一台に乗る。まずここで過ちを犯す。

 

宿まではわずか1km

 乗り込んでから行き先を告げる。距離にして1kmしかないので、ごめんね、と言いながら(というか表現しながら)住所を告げる。すでに車を出し、同時に住所をナビで検索している運ちゃん。到着地がここから1kmであることに気づいて、叫び出す。「☓☓★☆△○♡~ウンキロメーター!」ウンキロメーター=1kmだけ聞き取れた。そう、彼は怒っているのだ。あちゃー。私たちはにまにましながら、「だよねー。やだよねー、1kmなんてねー。ごめんなさいー」と謝ったり笑ったりしてごまかす。そんななか、プラド美術館やその隣の公園などを目に入れつつ…。

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怒りは何語でも伝わる

 夫は乗車したときから自分の携帯のグーグルマップを見つめている。そしてしばらく走ったあと、「ん? こいつ、なんか違うとこ走ってるぞ」と言い出した。え? ええ? だって間違えのようのない簡単な1本道だったじゃない? 「違う。全然違うとこ行きだした」…なるほど、近すぎるから遠回りして乗車賃稼ぐのか! ひどい! なんてことだ! でもこんなときなんて抗議すれば? おろおろする私。そしてため息をついて「ああー。ついてないー。なんて車に乗ってしまったんだ」と愚痴る。

 夫は携帯をにらみながらぐい、と前に身を乗り出して前方を指さし、「おい! 道違うぞ! ちゃんと走れ!」と怒鳴りだした。ひえー。この人が怒鳴ってる! いつも頼んでもモノをしゃべらない無口な男なので、私のほうが驚く。しかも日本語で怒鳴ってる。運転手もすごく驚く。さっきまでにやにやしていた東洋人がいきなり怒り出したんだから、そりゃ驚くか。「あわわわ……」と私と同様、うろたえだす運転手。

「こら! わざと間違えるな! 近いからって遠回りなんかするな! ちゃんと行け! ほら!」さらに怒鳴る夫。運転手は「チャントイケ△○□~ハポネス!♡☆□☓☓!」と動揺の反応で何か言ってる。たぶん「チャントイケって、日本語だろ!?そんなのわかるかっつうの!」と言ったのだと思う。私は、こういうときは日本語で怒鳴ればいいのか、としみじみと感心してしまった。激しい感情ってのは、何語でも通じるのねえ…。

 もしこの運転手が、恐ろしい男で、開き直って怒鳴り返したり、どんどん違うとこ走り出したりしたらどうするのだろう!? …と私はなお怯えながら状況を見守っていたのだが、運良く運転手は、気の小さな男で完全に気合い負けしてしまったようだ。いじいじした様子で方向転換して無事私達を指定の住所まで送り届けてくれた。しかも、カッカした様子でトランクから荷物を出そうとする旦那を制して、「僕がやるよ…」とばかりにスーツケースを降ろしてくれたので、まあ気はいいのだろう。

 夫も値引かずにメーター通りの料金を払ってあげていた。そしてあとでぷんぷんしていた。これは思いやりなのかなんなのかわからない。いつも値引けるときはとことん値引く関西人なので。

 

 ここでの教訓は、タクシーに乗る前に、「短い距離だけでいい? いいね?」ときっちり確認したほうがいいということと、非常時は日本語で堂々と大きな声で言えばいいのだ、ということ、でありました。

 

ホストのマリアと対面!

 そしていよいよホストのマリアと対面。部屋の素敵な感じと写真の痩せた面立ち、事前のメールもかなり素っ気ない様子からして、「隙のない知的な女性」と思いこんでいて、「怖いひとかもなあ」と怯えていたのだけど、ドアを開けた瞬間、まるっきり思い違いだったとわかる。めちゃくちゃ人懐っこい笑顔と消え入りそうなかわいらしい声で「hello~!」と迎え入れてくれたのだ。

 かぼそくて、はかなくて、少女がそのまま大人になったような。初対面の東洋人を心底うれしそうに迎え入れる。この笑顔で、「あー、よかったー! この人は大丈夫!」といきなり安堵してしまう私も単純すぎるのだが、そのくらい威力のある笑顔だった。

 

 写真で見る以上に素敵なアパートメントを、丁寧に案内してくれる。本当に下手なホテルの数倍素敵で驚いてしまう。これはすごい。どんな状況でも対応できるよう、ハードルは上げないよう上げないようしてきただけに、想像以上に素敵な部屋とマリアの対応に感動。

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⇧すべての場所が完璧に整えられている。

 

 リビングでかなり長い間話し込んだ記憶があるのだが(途中夫が、ふたりとも、そんなに話すなら座ったら?と言ったから)、なにを話したのか全然思い出せないのはなぜなのか…。

たぶん、「プラド美術館に行きたいの」とか、そんな内容だったと思うのだけど…。あ、あと「海に近いバルセロナに比べてマドリードは湿気がないのよ」とかそんな話したっけ。「ずっとマドリードで暮らしてるの」とか。

 まあともかく熱烈に歓迎されて、後半の旅が楽しく始まったことに深く感謝。

 この日はサラゴサで食べすぎたこともあり、近所をぶらっとしただけで(でもこういうことが楽しいのだが)、寝てしまった。

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⇧ちいさくてかわいらしい、私たちの部屋。写真で見た通り、やはりふたりではこのベッドは狭すぎるのでは…と思ったが、実際体を横たえてみると難なく寝れて、すごく不思議なベッドでした。プライベートバスもつき。

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⇧毎日、このようにテーブルセッティングされている!とあとで気づいて驚く。缶にはビスケットと紅茶。小皿には(いまはない)チョコレート。なにもかもかわいらしくて、しみじみ感激。

夫はまだタクシーの運ちゃんに怒っていて、「その怒りを撮っておいてくれ」というので、こぶしを握っている。

 

スペイン旅行記 その24 番外編 オンライン英会話の内容と効果を詳しく語る後編

英会話の話の前に身の上の話をしていいでしょうか?

 

 ぎっくり腰になってしまった。もともと腰痛もちで、10数年前に激しいヘルニアをやって寝込んだのを、鍼と整形外科のリハビリで奇跡的な復活(…と、鍼の先生が言った。なぜ治ったのか詳しく教えろ、と連絡が来た)を遂げて以来、年に数回痛くなるので、その都度自分で編み出した療法などでやりすごしてわりと仲良く腰痛とつきあっているのだけれど、今回は、「あ、やべ、痛いかも…」と思っていた1時間後に花粉症による大きなくしゃみをして、思いっきりギックリしてしまった。音が聞こえたような気がするほど、それはそれは大きなギックリだった。

 

 今回は寝てても痛いといういつかのヘルニアの再来かのような重症で、数日前に仕事が終わって幸いだけれど、同時に4月28日までの国立近代美術館「茶碗の中の宇宙」展覧会チケットを競り落としたばかりでもあり、これに行けるのか非常に心配だ…。ていうかその前に、日常生活すべてが困難だ。

 まあ、とにかくこんなときは読書と映画鑑賞しかないですよね。ちょうどエルロイのぶあっつい暗黒小説「ホワイト・ジャズ」を読み始めたばかりだったので、これにどっぷりつかってすさむのも悪くない…と思っていたのだが、よく考えたらそうもいかない。前の日から仕込んでいた大量のいちごジャム7パックぶん、が砂糖にまみれ大鍋に入って台所を占領しているし、さらに同じく前の日に仕込んだカレー風味ビスケットの生地も、はやく焼いてくれ、と冷蔵庫でスタンバイしているし、夫は出張中だから食事も自分で料理しなければ食べられず、なおかつこれまた前の日から冷蔵庫で解凍中の鶏肉を必ず今日使わなければならないし、なにか作ったら洗い物が待ってるし…と、ギックリ女には多すぎるタスク。

 くの字に固まった腰をひきずって、台所に立っては休み、立っては休み、を繰り返して、なんとかすべてをこなして、鶏肉で作ったカレーが病人とは思えない出来で、うれしかった。それにしてもこの腰で銅の大鍋(ジャム用。間違えて大きすぎるものを買った)とか、鋳鉄フライパン(うちのメインフライパンはこれ)をもつのって、すごい労苦。持った瞬間にぐわーんと腰に響いて、体ってつながってるんだなあ、としみじみ。

 

  寝てても痛いのだから、もうなすすべがない、と思っていたのだけど、机に座ってみると、これが以外に楽で、もちろん同じ姿勢を続けるとアウトなので長時間は無理だけれど、オンライン英会話やブログ書きはできなくはない。不幸中の幸い。

「あたしとっても腰が痛いです。だから途中で授業やめるかもしれない。そしたらごめんなさい」と言いながら、机に上半身を預けた変な姿勢でつたない英語をしゃべる自分。そんなに英語やりたいのか、と妙に感心してしまった。

 

私が最上だと思った英語学習法 

 えーとそれで、2か月後のスペイン旅行で宿のホストと楽しくおしゃべりするために、オンライン英会話を1日2レッスン(25分×2)受けることにした、のが前回までのあらすじ。カランメソッドで口がよくまわるように下地を作っておき、フリートークで「自分の言いたいことをすぐ英語にする」訓練をする、という目論見です。やっぱりこれは両方やったほうがいい、と、途中片方だけにして痛感した。あ、でも、カランは「日常的でない文」ばかり言わされるとみんな言うし私も言ったけれど、でも半分以上は日常的です。ここで覚えたフレーズもたくさん使えます、念のため。

 

 あ、それから、カランをやって、頬のたるみがやや解消しました! これはあまりにも想定外の効果。でもたしかに、確実に、すこしだけ、頬があがったのだ。これまでたくさんカランについての記事を読んできたけど、これを書いている人はいなかった。

 

 とはいえ、しかし最強の英語学習法はこれだけではたりないのであった…。残念ながら。

「仕事に比べたら英語の勉強なんて全然いいよ。だってやればやっただけ、絶対にななにかしら報われるんだもの」

 と、たしか以前、私は友人に言った。某大企業に努めている友達が、「社内で英語ができないのは私だけ。すでに業務に支障が出始めている。でもあたし勉強嫌いなのよ…。英語の基礎なんてないも同然だし…」と嘆いていたときに、励ましの言葉として言ったのだけど、言いながら、実は自分の言葉を疑ってもいた。なぜならば、どれだけ英語をやり続けても、旅行に行くたびに話せなくなってるし、たしかに単語も文法も以前より全然よくわかっているという実感はあるけれど----たとえば英語の映画やドラマを観ていると、以前より全然わかる----、肝心の、いざ英語をしゃべる段階になると、「私は退化している」という実感しか持てないからである。

 

 さんざん英語学習人のサイトを渡り歩いたり、様々なテキストを買ってはぼろぼろになるまでやりこんだり、無料のニュースヒアリングサイトを繰り返したり、今思うとかなりいろいろやってきた。だけど、どうしても「これじゃだめかもな…」という感触が拭えない。

 そんなときにオンライン英会話にたどりついて、「どれだけ泳法の本を読み込んでも、プールに入らなければ泳げるようにならない」という、極めて当たり前のことを実感して、「しゃべりたいなら、しゃべらなきゃだめでしょ」と結論した。当たり前か。

 で、このオンライン英会話に、さらにもうひとつ加えることで、「日々上達」をはっきりと実感できるようになったのである。

 

もう参考書は買わなくていい、と決めさせた「ENGLISH EX」

 それがこの「ENGLISH EX」。いわゆる文法書で、文法項目別に2000文くらいの例文が、詳細な解説つきでついている。CDの音声テキストつき。さらにエクセルの例文一覧表までついている。全540ページで、1800円しかしない。これは……すごい。これはすごい本です。(写真右)。

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 簡単に言うと、ここにある例文を毎日少しずつ暗唱しつつ、日々オンライン英会話をしていると、フリートークでめちゃくちゃ役に立つのだ。

 

授業中、言いたいことが頭に浮かぶ→あ、これあの例文にあったな、と思い出す→毎日暗唱しているからすっと口から出てくる

 

 という現象が、たびたび起こる。

 覚えたての単語を、ドラマや英語で聞くと、妙にうれしいものだけれど、この「言いたいことを思いつく→EX で覚えたフレーズを思い出す→言う」の喜びは、これの3倍くらいあると思う。

 

 まず、この例文の「使えっぷり」がすごい。

1

なんでまたそんなに急に考えが変わったのですか?

What has caused you to change your mind so suddenly?

 

2

「帰り道、少し雨に降られました」

On the way home ,I was caught in some rain.

 

3

「この問題に関して、なにか質問のある人はいますか?」

Dose anyone have any questions regarding this problem?

 

4

「残念ながら後者の要望は叶えられません」

Unfortunately,the latter requirement is impossible to satisfy.

 

5

「まだ雨が降っていたので、私たちはカードをして時間をつぶした」

It was still raining outside,we killed some time playing cards.

 

6

「彼女が見た、僕と一緒にいた女の子っていうのは、僕の妹だよ」

The girs that she saw me with was my sister.

 

7

「全体的にその翻訳はよく書かれているし、正確です」

On the whole,the translation reads well and is accurate.

 

8

「そのサラダは冷蔵庫で数日もちます」

The salada keeps for  several days in the refrigerator.

 

 などの、普通の、よく使うありがたいフレーズがずらりと並んでいる。「そういえばこれ、英語でなんていうんだろう?」というような表現であふれているのだ。

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ページ構成もわかりやすく、左に例文、右に解説、となっているのだが、この解説が詳細。ここで、なぜこんな言い方になるのかをしっかり理解するからこそ、文章そのものも頭に入る(もちろん、意味抜きで覚える慣用句もあるが)。この効果は絶大で、一覧表を見ただけで、解説を読まずに覚えた英文はすごい勢いで忘れてしまうが、「なぜこの文をこの項目(名詞節とか完了形とか…)で採用しているのか」という文法的な理由を理解していると、忘れないし、すぐ思い出す。

 例えば、7と8は自動詞がテーマ。read もkeepも自動詞としても機能するので、「この翻訳はよく読める(=読みやすい)」という使い方でthis transration reads wellと書けるし、「サラダは数日もつ」とも書ける、とか。4では、「be impossibel to+V(動詞)」で「Vするのは不可能」という意味になるが、逆の「be possibel+V」で「Vすることは可能」と表現することはない、とか。「そうなのか!」と印象に残ることが多いので、自然と文章も覚えるのだろう。

私のつかいかた 

 毎日7~10の例文を覚え、今やっている項目(A~Zまである)と、過去にやった項目を任意に選んで暗唱する。どれだけ覚えた、と思ってもしばらく暗唱しないとあやふやになっているので、これが欠かせない。逆にこれをやっていると、フリートークのとき、口をついてでてくる。

 耳で覚えるために音声を流し、一覧表の和文を見て、音声と合わせるようにして英文を言うのも大事だし、音声なしで和文を見て英文を言う、のも両方大事。音として覚えなくちゃいけないけれど、いつも音声だけで練習していると、その音にひきずられてうまく言えなくても流してしまうからだ。和文を見て0から自分の頭のなかから英文をひきずり出す訓練も必要だと思う。だから両方大事。

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⇧驚くほど便利な、付属の例文ファイル。

 

 ちなみにこの音声、男性と女性ひとりづついるのだけれど、この女性の声が秀逸です。すごく耳に残るので、意味以前に音を覚える、ということが、彼女の言う文章だととてもやりやすい。

 

 なにせ例文の数が膨大なので、はっきりいっていつ終わるのか全く見えない。年内でも無理だと思う。むしろライフワークとして終わりは見ないでやるほうがよいと思う。でも、この本にも書いてあったけれど、ここにある文章を全部覚えれば、日常会話ではまず不自由しないだろう。

 

 そんなわけで、私は私なりの英語勉強法を、ようやく確立したのであります。オンライン英会話のカラン、フリートーク、そしてこの文法書EXの暗唱をしていると、日々「私、すごい進化してる」と体感できる。「どんどん覚えるし、どんどん聞けるし、どんどんしゃべれてる!」と。この感覚は初めてです。爽快です。効果が出ると勉強が楽しくなる。ぎっくり腰でよろよろしていても、それでも勉強したい、そんなことまでおきる。

 まあでも、私がドラマ「ハウス・オブ・カード」と「HOMELAND」(ともに今観てるドラマ)を字幕なしで完全に理解できる日はたぶん来ないと思うけど……。

 

追記

QQ Englishにおける、私の講師の選び方などを詳しくかくつもりでこのタイトルにしたのだけど、書いてたらなんとなく暗い気持ちになったので、保留。よって、オンラインの内容というより、私の勉強法、になってしまいました。スミマセン。

スペイン旅行記 その23 番外編 オンライン英会話の内容と成果を細かく語る前編

そういえばオンライン英会話も準備のひとつだった

 

 もう桜も散ったというのに1月の旅行記をえんえんと書いていて、なんだかなあという感じなのだが、そんななか、「旅の激しい準備」のなかにオンライン英会話を入れるのを忘れていたと思い出して、さらに旅行記の終わりが見えなくなった。

 でも、この間違いなくこの旅行のための準備だったので、書いておかなければ。

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↑写真らしい写真がない記事なので、昨日部屋から見えてかるく感激した、女子高生と桜、の写真をどうぞ。我が家の桜はすっごく遅いので、まだこんなに咲いている。

写真が暗いとわかりにくいのですが、彼女たちは制服を着た女子高生なのです。何を話しているのでしょうか。一句詠んでしまいそう…

 

 で、話は英会話に戻る。

 正確に言うと、オンライン英会話を始めたのは昨年の9月で、この時点では旅行のためではなかった。長年英語の勉強をしているのに、ちっとも上達しない、それどころかたまに海外旅行行くと、年齢のせいなのか以前より全然言葉が出てこなくなっている自分に絶望していたときに、オンライン英会話というものがあった、とようやく気づいた。もう何年も前から巷で流行・定着していたのに、情報弱者なもので知らなかったのだ。いや、「オンライン英会話」という単語はなんとなく耳にしていたのだけれど、自分には関係ないのだと思っていたというか…。

 けれど、ある英語猛勉強人のサイトを見ていたら、「すでに1000回受けている」と書いてあって、あれ、そんな方法があるのか、とようやくたどりついた。それからかなり長いあいだリサーチというか、単なるうだうだが続き、昨年9月、ついに動いたわけである。

 

QQ Englishに決めたわけ

 いくつか無料レッスンを受けて、そして口コミなどを読んでQQ Englishに決めた。理由は、「高いけど講師の質が高い」とどこにでも書いてあって、その授業料は、キャンペーン中の毎日レッスンだと1レッスン400円だかそこらで受けられる。

1日2レッスンなら、189円。それからオンライン英会話界で(だけ?)有名なカランメソッドが受けられる。

 そして実際無料レッスンを受けてみると、全体的に「ちゃんとしてる」感があって、安心できたのが決め手だった。例えば他の学校だと、教師が自宅で、うつりの悪いカメラや聞き取りづらい音声で授業をしたりして、どうにもルーズな感じがして馴染めなかった。QQはちゃんとオフィスがあって、個別のブースでしてくれる。

 暇なこのときにがつんと勉強しよう、と思って「他のメソッドの4倍速で英語が習得できる」という触れ込みのカランメソッドを、毎日30分行うことにした。ちなみにレベルは6 Pre Intermedate 日常会話はできる、だったと思う。中級のはじめというか、しゃべれないことはないけど、流暢にはほど遠い、という感じだろうか。

 

カランメソッドとは

 カランメソッドとは、教師が早口で言う質問に、問答無用で答えまくるというメソッド。会話の筋トレなんだとか。咄嗟に聞かれて、咄嗟に答えなければならないから、日本語に訳しているひまがない、無理にでも英語をしゃべる、そのうち英語で考えて英語でしゃべれるようになる、という。他に比べて4倍話すから、4倍早く習得できるという理屈。どんなレベルの人でも行えるので、stage1などはWhat is this? It's a pen.とかいうやりとりを繰り返す。でもstage 6にもなると、

What are the two ways in which we can repeat what someone has said?

(誰かの言ったことを繰り返すための2つの方法とはなんですか)

とか聞かれて、

The two ways in which we can repeat what someone has said are by giving the exact words of the speaker or by reporting what the speaker said.

(誰かの言ったことを繰り返す2つの方法は、話者の言ったことそのままを言うものと、話者が言った内容を伝えるものがあります)

 とか答えなければならない。長ったらしい質問文を、省略せずにいちいち繰り返して答えることで、「話す量」を増やすのが目的だ。ちなみにこの例文は、間接話法と直接話法の話をしている。

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 ⇧メソッドの創始者、カラン氏。ベルリッツの先生だったという。イタリア人生徒に英語を教えるために考えたそうな。

授業の詳細

 授業の手順はまず、なにも予習しないで教師の説明を聞く。もちろん、英語。「report is a verb or a noun」などと単語や文法の説明をしてくれる。で、その言葉や文法を使った例文質問をして、こちらは答える。でも、私の場合は、この最初のレッスンで完全に聞き取れることは半分くらいしかないので、しどろもどろになることがほとんど。教師が答えを教えてくれるので、一生懸命繰り返す。で、その日にテキストを見て復習をして、覚えこむ。翌日は前日の復習から行うので、ここできっちり言えるようにするのが大事。

 最初の頃は学校の勉強のように、ひたすら丸暗記してのぞむのだが、そのうち英語が体にしみてくると、暗記していなくても普通の会話のように応答できる、という現象が起きてくる。今、教師に言われた質問文を頭のなかで一時記憶できさえすれば、あとは常識で答えられる。だいたい質問は「あなたの住んでいる場所の近くに美味しい料理を出す店はありますか?」とか、そんなややこしいこと聞いてこないので。

 でも、この一時記憶ーリテンションっていうんですかねーっていうのが大変なのだ。中高年には。英文を言われた瞬間に翻訳してしまうので、英語でusually と言ったのかgenellalyと言ったのか忘れてしまう。日本語で「たいていは」「通常は」と訳して記憶してしまい、usually なのかgenerally なのかわからなくなる。意味はとれても、英文そのものを覚えておけない。そうすると言い間違えて教師に訂正される。「in this country」と「in my country」もよくごっちゃにする。頭のなかで「日本で」と訳してしまっているから。「英語を英語として理解する」からほど遠いということだ。

 

私の耳は死んでいる

 さらに書かれているとアホみたいに簡単な文が、言われるとちんぷんかんぷん、そのちんぷんかんぷん具合に衝撃を受けた。「何言ってるかまるきり意味不明」と思っていた質問文が、授業後テキストを見て、本当にアホみたいにシンプルで簡単な文であることに驚くのだ。こんなのも聞き取れないのか…。

 なので、最初は復習のとき、しゃべって、書いて、読んで、と全方向で覚えていたけれど、耳と口だけ、に方向転換。音声テキストをダウンロードして(QQだと150円でダウンロードできる)、文字ではなく音だけで覚えこむ。しかしどっぷり受験英語漬けだった私には、これはなかなかつらい…。目で覚えるのは得意なのだが、耳はなんというか、機能してないのだ。すぐ集中力が消えて英語が音楽になって流れていってしまう。音楽ばっか聴いてきたからかな…。違うね。

 

果たして効果は?

 正直言って、最初の頃は「これで本当に上達するのだろうか?」と半信半疑だった。

When do we use the future perfect? 未来完了系はいつ使いますか?

We use the futer perfect when we are thinking about a time before and up to a spisific point in the future. 未来完了系は未来のある時点のことを、それ以前に考えているときに使います。

 

 なんてフレーズを流暢に言えたからといってなんなのか、と思うからだ。カランをやっている人はみんな思うと思う。「日常生活で使うフレーズをあまり教えてくれないから途中でやめました」という人も結構いるし。

 それでも教師が超スピードで投げてくる問に、しがみつくように答えを言う、というのがゲーム感覚で楽しいこと(うまく言えたときの達成感はなかなかだ)、覚え込んだ英文は流暢に言えるので、それを言ってると自分が英語が上達してる気がして気分がいいこと、そしてやっぱり何度も同じ文章を繰り返していると、たとえそれが単なる文法解説の文章でも体にしみついて、他の文章を言うときにも流暢に言えるようになること、などの理由で今まで続けている。

 

 というか、もうこれは、「どれだけ英語がしゃべりたいか」というその欲望の深さに関わる問題なのだろう。たとえば「あのスカートがはきたい」とか「スケートがしたくてたまらない」とかいう、むくむくと原因不明にわいてくるほとんど肉体的な欲望。「英語をしゃべりたい」という気持ちが、そういう「ただただ、流暢にしゃべりたくてたまらない」というフィジカルな欲望であれば、カランは楽しいし、役に立つと思う。

 でもたとえば「社内はみな英語ができるから自分も話せないと」とか「今、海外赴任中で、しゃべれないと困るから」という“欲望”よりも“必要”のほうが大きいと、カランはつらいかも。「間接話法なんて今どうでもいいから! それよりも“このサラダはいつまでもつの?”ってなんて言うのか知りたいんですけど!」とかいう人には、まどろこしくてたまらないだろう。

 そして私は、とくに必要ではないけれど、とにかく無性に「ちゃんと喋りたい。ちゃんと聞き取りたい」という欲望でうずうずしている側の人間なのだ。

 

 とはいえ、このレッスンは、毎日のしっかりした復習が欠かせないため、レッスン30分+復習30分~1時間で、かなりの量をしゃべらなければならない。こういう強制力は他の授業ではない気がする。しばらくカランをとらず、フリートークばかりやっていると、あれ? 最近英語しゃべってないな、と思う。だから遠回りに思えても、やっぱり口の訓練としては有効なのだと思う。ちなみに、カランはやはり毎日、最低でも週5日くらいやって初めて効果がでるものでは、とも思う。

 

 そしてこの半年のオンライン英会話でついに「これこそ役に立つ」と芯から思った勉強法があるのだが、あまりにも文字が多いので、それは次回に。

 

スペイン旅行記 その22 サラゴサ、スペイン地方都市の底力を知る

やはりここでもシャッターが…

 

 ムハデル様式のアルハフェリア宮殿と聖母ピラール教会が名物の古都…というふれこみのサラゴサだけれど、近代的な駅に、その周囲はがらーん、となにもなく、バルに向かってタクシーに乗ってみると、スーパーや団地など、ごく普通の郊外都市という印象しかわかなかった。まあ、とにかく極寒&そぼふる雨という悪条件なので、景色も自然としけって見えてしまうのだけれど。

 それでもだんだん店や人が増えてくるエリアに入ってくると、なにやら楽しげな雰囲気に。「ここだよ」的な合図をされて降りて、ぐるりと見渡してみたら、目当ての店はシャッターが降りている………。

 ショック。大ショック。この寒さでこんなところで降ろされて(ていうか降ろして、と言ったのは私らだけど)、店がやってないなんてー。9時開店のはずなのにー(現在9時半)。簡単には諦めきれず、ドアの隣の小さな窓に顔をくっつけてのぞきこむ。すると、中ではおじさんやおばさんが働いている…。もう少ししたら開くということなのだろうか。

 ふたりで顔をガラスにくっつけていると、おじさんが気がついて何か言っている。私は「駄目?」の意味でバツ印を指で作って尋ねる。おじさんはバツとも丸とも言わず、他のスペイン人同様、とにかく叫び続けている。そのやりとりを続けたら、シャッターを開けてくれた。時計を指さしたり、バツ印や丸印を作ってコミュニケーションをはかると、どうやら店は11時オープンのよう、とわかる。オフシーズンだからなのかな? でも、おじさんはカウンターを指して座れ的なことを言う。

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⇧これはシャッター開いたあと。

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 私たちはぺこぺこしつつ、席に座る。メニューも水も出てこないけど、目の前のガラスケースなどにずらりとおいしそうなものが並んでいて、きっとこれを頼んでもいいのだろう、と判断。

 私たちのちょうど目の前にいたおばさんは、露骨に嫌そうな顔で、むっつりとしてひたすら作業しているが、オーナーらしいおじさんがいいと言ってるからいい、と心を強くして何を頼もうか考える。

 

 ちなみにこの店は「celvino」という店なのだけど、いくつかの記事で「間違いない」と書いてあり、しかも朝9時からやっている&このあと行くアルハフェリア宮殿に近いということで選んだ。記事にはこんな紹介文が。

 

場所は中心街から離れてはいますが、訪れるだけの価値はあるお店です。このバルはサラゴサのタパスのコンクールで賞を取ったこともあるお店なので、種類の豊富さだけでなくタパスのレベルも間違いありません!

オーナーはスペイン語がわからなくても、親切に対応してくれます。アルハフェリア宮殿を訪れるなら是非こちらのお店に立ち寄ることをオススメします。

 

ムイビエン、あるのみ

 とにかくおいしそうなものを指さして、次々頼む。

 

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 ツナのステーキ。こちらの人は魚介にすぐ芋を合わせる。そしてにんにくと唐辛子(たぶん)のソースを合わせる。それが最高だ。びっくりするほどおいしくて、どうしていいかわからなくなる。おじさんが、どうだ?というので、ムイビエン、ムイビエン、と繰り返して大きくうなずく。たぶん、気持ちは伝わっている。

 

 その後、なんだかわからない甘い味付けが絶妙のエビの串刺しとか…もうこの写真だけでも、うまさがしたたっているのだが…。

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 きのこマリネとか

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 結局最後までなんだかわからなかった、なにかをペースト状にして型抜きして焼いて、きのこクリームソースをかけたものとか、

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 あと、頼んでないけど、「これも食え」と出された、パンコントマテ(トマトを塗りたくったパン)に豚肉のソテー、さらにおそらくフォアグラ、うずらの目玉焼きとか、

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 もう、すごい。

 何を食べても悶絶するうまさ。こんなごく普通に愛されて、ごく普通に営業しているだろう小さな店で、こんなレベルのものが食べれるなんて。なんということだろう。オーナーなんてもう、エプロンすらしてないし、一見ごく普通の、ごく気のいいおじさんにしか見えないのに。我々はただ、うまい、すごい、ムイビエンとだけ唱えて、ひたすらに食べる。

 

お客さんからも目が離せない

 そのうち、常連さんたちがやってきて、立ち飲みし始めた。オーナーもワインがぶがぶ飲みながら、会話に加わる。まるでアフター5の光景だけど、実際はまだ午前中なのよね…。彼らのうちのひとりは、スペインで見たふたりめの背広姿の人ではあるのだが。みんな仕事は…??

 

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  さらにひとりで入ってきたおじいさん。食べてる姿がかわいらしくて、目が釘付け。なんだろう、仕事の途中なのよね…。なにかを配達してるのかしら…。なんの根拠もないけどなにかの配達人のような気がしてならない。

 クリームソース的なものがかかった芋に、パンをつけて食べている。 このとき糖質オフが私の気になっているタームだったため、「なんというハイカーボな食事なのだ」と心配だ。 ワインも飲むのがスペイン流。

 注文の仕方からして明らかに常連なのだが、オーナーとも、他の常連ともきやすく口をきいたりはしない。無口。心なしかさみしげに見えるのが、たまらない。

 

スペイン人のスケジュール

 

「スペイン人は9時に出社するとまず、みんなで朝食に行く。それから11時に軽食をとって休憩して、14時からランチ。たっぷり2時間くらい休むから、彼らにとって「午後イチ」は16時半をさす。仕事は6~7時くらいまでで、夕食は8時でもはやくて、10時からが普通。彼らは、“これ以上は働かない。だって働くために生まれてきたわけではないから”と言う」

 …というようなことを、スペイン在住の高城剛さんが書いていたなと思い出しつつ、彼らをしみじみと眺める。

 

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 おじさんをつまみに満腹になるまで食べて、「もういい」とオーナーに手のひらを広げて示して、終了。おじさんは、一皿ごとに「どうだ?」と聞きにきて、そのたびに私たちは、大きくうなずき「ムイビエン!」と言う。そうすると、オーナーはうれしそうに笑って、また向こうへ行く。これが楽しかった。

 

 会計を終えていよいよ帰ろうとすると、握手を求められた。私だけ…。なんだろう。なにかが認められたみたいだ。「俺たち、お互い言葉もわからないのにやったな!」みたいな感じだろうか。思い切り握って、感謝を伝えて店を出た。味からなにから、こんなにいい思いをする食事って、なかなかないものだ。外は相変わらず冷たい雨だけれど、もう全然気にもならない。

 

お茶を飲んで、今食べた素晴らしいものたちの反芻。かわいいカフェだった。

 

遺跡もちゃんとまわった

 おいしいものを食べて興奮状態になった私たちは、雨も寒さもものともせず、歩いてアルハフェリア宮殿へ向かう。ごく普通の郊外都市っぽいこの街にそんなものが?と不思議だったのだが、地図の通り壮麗な宮殿が見えてきた。圧巻の美しさ。

 

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レコンキスタ終了後の15世紀以降にも、スペインに残ったイスラム系の人々によって作れたものをムハデル様式というようです。

 美しくて、同時になんというか、牢獄のような息詰まる恐ろしさもあり、それは流れた血の量を想像するからだろうか? お城ってそういうものなのだろうか…、いや、そもそも古いものって、そういうもの?…などと思いながらなかを見物。

 

聖母ピラール教会へも

 宮殿を見終わっても、まだ昼すぎ。マドリードへ行く列車は3時すぎ発。夫は足の痛みと寒さでギブアップ、駅の待合室(さすがにここは暖かい)で待っているというので、私ひとりでタクシーに乗って聖母ピラール教会へ。タクシーに乗るたびに「謝謝」と言われるので、「ノー。ハポネス」といちいち訂正する。しかしみんな、こちらが言葉わからないとわかってるはずなのに、一生懸命しゃべってくれて、親切なのか、単なるおしゃべりなのか。楽しいからよいですが。

 

 聖母ピラール教会は撮影禁止。古くて暗くてもちろん美しい教会でありました。子供の頃から近所にこんなものがあって、そこに自動的に通わされて、説教を聞かされていたら、それはもう自動的に信じるしかないよなあ、と素直に思わせる、宗教のあらがえないパワーをしみじみと感じさせる教会だった。サグラダ・ファミリアとはまた全然違う…なんだろう、凄み?みたいなものが静かに充満していた。

 

  門前町(?)もぶらぶらして、駅に戻ると、電車の時間。

 さあ、ついにマドリードです!

 

 

 

スペイン旅行記 その21 オンライン英会話の意外な効用とサラゴサの駅

サラゴサの日

 

 バルセロナ最後の夜。快適で安くてほくほくだったBホテルのお風呂をためようとしたら、赤い水が出てきた。がーん。建物古いってみんな書いてたから、こんなところでツケが…。しかし、色が消えるまでお湯を出して、あとはよしとする。アフリカで泥水のシャワーを喜々として浴びていたキョンキョンを思い出して、私も喜んで浴びる。

 フロントに電話して文句を言うような生活はもうしないのだ、うん。

 

たしかに英語は上達していた。と思う

 バスルームのライトが消えかかっていて、ちかちか点滅すること、赤水が出たことをチェックアウトのときにフロントに告げる。しかし「バスルームのライトが点滅する、たぶん切れかかっている」という簡単な英文が通じない。そのときフロントにいたのはふたりだったのだけど、ふたりともきょとんとしている。おかしいなあ、と思って、ゆっくり、はっきり、繰り返したら、わかってくれた。

 このとき私はオンライン英会話の威力を思い知った。通じなかったのに? いや、そこではなくて、通じなかったときに、私が全くパニックに陥らずに、「この人たちは英語があまりできないからわからないのだ。しょうがない。もっとはっきり発音しよう」と、ごく自然と上から目線が沸いてきたことである。そこには「この英文は絶対正しいのだ」という自信があったというわけである。だから言い回しを変えたりせず、同じ文章を繰り返した。

 誰とも会話せず、ただ長年英語の勉強をしてきたときには、これはなかった。実際現場で使って、少しでも意味不明な顔をされたら、もう冷や汗が出てパニックになり、あとはさらにしどろもどろになって会話崩壊、というのが常道だった。しかし毎日50分、フィリピン人と会話していたら、自然と今、自分の話している英語が、どのくらい正確なのかわかるようになったのだ。毎日、「これ、通じる? あってる? あ、この言い方はいいのね?」と確認しながら会話していたら、その感覚が自然とつかめるようになった。

 通じなくても全く動じない自分にかなり驚いた。こんな意外な場面で物事の成果というのは確認できるものなのだ。

 

バルセロナサンツ駅

 そんなこんなを経て、出発。バルセロナ・サンツ駅7時すぎ発のAVEに乗らなければならない。格安チケットだから変更不可。真っ暗な夜明け前の街にスーツケースをひきずって出る。サンツ駅はとてもでかくて、楽しそうな店がいろいろとやっていた。サンドイッチデリ、カフェ、マクドナルドに生ハム屋(ここはクローズしてたけど)まで。ちなみにこちらのマクドナルドにはクロワッサンがある。

 

 

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 ヨーロッパのサンドイッチというのはどうしてこんなにおいしそうなのだろうか。食べたくてたまらないが、サラゴサでの食事でがんばりたいので、ヨーグルトでこらえる。でもこのヨーグルトがめちゃめちゃおいしかったのだが。濃厚、まろやか。しみじみうまい。やっぱり乳製品はヨーロッパにはかなわないのかなあ。

 

 バルセロナからマドリッドまで600kmくらいあるので、じゃあせっかくだからどこかで降りてみようということになり、真ん中のサラゴサにしてみた。世界遺産の教会や宮殿がある古都。という情報しか得られず、まあ、ぶらつくかあ、と思っていたのだけど、これも突然出発直前に、「いや、もっとなんかあるだろう、見どころ、食べどころが!」と思い立って、しつこく検索したら、「サラゴサはおいしいバルで有名な街」だとのこと。ほらやっぱり! なぜ今までの検索(結構してたんだけど…)で出てこなかったのか。

 いくつかのブログやtrip adveiserを読み込んで、ここはうまいでしょ!という店をピックアップ、着いたらここへ行き、午後2時すぎにはあちら…と目星をつける。ランチの店は人気店らしく、予約を受け付けていたのでメールを書いてもみた。返事はこなかった…。一生懸命辞書をひきひき、スペイン語で書いたのに。やはりド頭の「Hola!」を「Holla!」と間違えたのが効いたのかな…。かなり長く書いたのに、無視されてとても哀しい。

 まあでも、おいしそうな店はいくつもあるので、代案はいくらでもあるので、あまり気にしていなかった。

 

AVEって快適なのだ!

 飛行機に乗るように荷物検査をしてAVEに乗り込む。思ったより快適で驚く。車内もそこそこ広いし、新幹線のようにすーっと走るし、なんというか、すごく乗り心地がいい。隣では背広姿のお兄さんがずっとPCを広げて仕事していて、スペインで背広姿の人って、初めて見たので新鮮。やっぱりいるのか、勤め人も。当たり前か。でもこの国には食べ物や飲み物を楽しげに出すおっさんしかいないのかと思っていた…。

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体感温度を下げまくる広大なサラゴサ

 サラゴサ駅に着いたら、ロシアのように寒かった。雨と雪がちらつく、今回の旅行で最も寒かった日。そういえば昨夜のテレビでも「ここにも雪が! あそこにも!」と非常事態っぽくニュースでレポートしていたっけ。いや、それにしても寒い! このもともとの寒さを、とてつもなくでかいサラゴサ駅構内が、体感温度5℃くらい下げていたと思う。

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 改札を出て、なにしろまずはスーツケースを預かってもらう荷物預かり所に行かなければいけないのだが、これが改札と真反対の端っこにある。⇧この写真の、一番はしまで歩くのだ…。

その距離が長いよ、とは事前リサーチですでにわかっていたのだが、それでも驚きを隠せないほどの距離だった。

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ドームスタジアム並にでかい天井。滑走路を思わせる延々と伸びる線路。こんな空間を暖房で暖められるはずもなく、もうひたすらに寒い。しかも広すぎて寒々しいのだ。大げさでなく、このまま凍って死んでしまうのかも、と思った。そこを、スーツケースをひきずり、黙々と歩く。目的の「改札反対側」は見えているのだが、歩いても歩いても歩いても着かない。砂漠のよう。氷の砂漠。

 建物のスケールの違いは欧米で感心することのひとつだけど、これもまたそうなのであった。

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⇧天井がこれまたかっこいい。

 

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⇧全景。この建物すべてが駅。奥の奥の奥まで続いている…。

 

 あとでタクシーの運転手に聞いたところによると(なぜ解読できたのは、今思うと不思議。こちらがエスタシオン(駅)…ムーチャス…グランデ…と呟いたら、いろいろ教えてくれた)、サラゴサは、マドリッドバルセロナなど、スペインの主要都市から等距離にあるという街で、ハブステーションらしいのである。だからRenfe(スペイン国鉄)も気合いを入れて駅を作ったらしい。だからといってこんなに大きくある必要があるかどうかはよくわからないのだが…。

 

スーツケース預けるのも一苦労 

 ようやく着いて、この瞬間のために覚えてきたconsigna(荷物預かり所)という単語を呟いて探す。広いから簡単には見つからない。ついに見つけたら、そこは鍵のかかった小部屋だった。無人。ガラス張りのドアの向こうに、ずらりと並んだコインロッカーが見える。

 インターホンに、「荷物を預けたい人はこれを押して、誰か来るのを待ってください」的なことが英語で書いてある。

 押してみるが、なんの応答もない。寒いよ寒いよ、と言いながら、押し続ける。そのうち誰かが出て、まったくわからないスペイン語でなにか言って、がしゃりと通信終了。きっと来てくれるんだよね……と信じながら、またしばらく待つ。うー、なげえ。寒い。

 しかし、銃を持ったガードマンがついに現れ、小部屋に入れてくれ、なんとかスーツケースから解放された。ほんとよかった。

 

 身軽になった。では、朝ご飯を食べに行こう。ここは9時からやってるらしいよ。世界遺産のアルファフェリア宮殿の近くで、でも駅からは少しあるからタクシー。  と、活動開始。でも外に出たら氷のような雨がしとしと降っていて、やはり猛烈に寒くて、捻挫が日々ひどくなる(当たり前か。歩いてるんだから)夫とともに、散策どころじゃないなあと意気消沈…。まあとりあえずご飯だよね、とタクシーに乗って、一生懸命住所を伝えて走ってもらった。

 

 そしていよいよこのあと、この旅でもっともおいしい食事をすることになるのであった。 

スペイン旅行記 その20 〜バルセロナ3日め、 モンジュイックの丘とcal pep

モンジュイックの丘へ

 

 午後は再び夫と、モンジュイックの丘にあるジョアン・ミロ美術館へ。普通はこの丘へはフニクラ(ケーブルカー)で行くのだが、スペイン広場からバスが出ているというので、それに乗り、えっちらおっちら山を登る。

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 美術館に入場するとき、バルセロナカード(交通機関や美術館が無料になったり割引になったりする有料パス)で無料だと思っていたら、2日間パスでは2割引にしかならない、と知らされ、つまりこのあと行こうと思っていたカタルーニャ美術館も無料ではなく2割引なわけで、かなりショックを受けつつ入場。

 

 バルセロナカードとは、3,4、5日間のことをさすのであって、2日間券はバルセロナカードエクスプレスであって、別物である。

 

 という大事な認識を得る。

 

 丘の上にあるこの美術館は広々と、そして真っ白な、気持ちよい空間。かなりリゾート気分に浸れる。

 

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学校で見学に来ていたらしい子供たちと遭遇、日本人が珍しいのか、一斉に振り返ってざわざわしだし、「コンニチハ」「コニチハ」と誰もかれもが言い始めて、頭を下げたり両手を合わせたりする。子供たちがとてもうれしそうなので、なぜ?と思いつつ、こっちもうれしくなり、こんにちは! さようなら!と挨拶。

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⇧でか……。原画を描いたミロよりも、これを編んだタペストリー作家(名前失念)の作業時間を思って目の前が…。

 

 その後寒風に吹かれまくりながら(結構つらい)、丘を徒歩で降り、カタルーニャ美術館のとんでもなく大きな外観を眺めたりしながら、ホテルへ。

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名物バル、cal pepへいざ

 「観光客だらけの、いわゆる有名店だが、しかし味も素晴らしい」とバルセロナウォーカーで断言していたので、ぜひ行こうと決めていたバルが、cal pep。夜は7時からだが、開店前に並んで必ず最初の回で入店できるようにしなければ、あとはその最初の客たちが食べ終わるのを外で待ち続けなければならないという。バスに乗って、ずいぶん早く出る。夜はなおさら寒い。1分だって外で待つなんてしたくない、という真冬の夜である。そして夫は負傷している…。

 用心しすぎて開店30分前についてしまった。シャッターは降りて、周囲には誰もおらず、「休み!」と狼狽。がーん。こんなとこまで来たのに…。名物のトルティーヤ、食べたかったのに…。と思っていたが、「いや、店のなか、灯りついてるよ?」と夫。「これから開くんじゃないの?」 そうか…そうかもしれない。だけど店の周りには人っ子ひとりいないけどなあ…。「開店前から行列」なんて嘘じゃないか…。ほぼ諦めつつ、周囲のスニーカー屋や洋服屋などに出たり入ったり眺めたりして、時間をつぶす。ここも旧市街でとても雰囲気のよいところだけど、いかんせん寒すぎる。

 開店10分前。もし店がこれから営業するのなら、並んだほうがいいということで、誰もいなくて恥ずかしいけど、並んでみる。そしたら、それを合図にしたかのように、人がどこからともなく集まってきた! なんだこれは。

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⇧並んでたら、おっさんが出てきて開店しはじめた。

 

 

  来るのがあと数分遅れたら、列の後ろになってた。ひゃあ~、危ない危ない。ほどなくして店のシャッターがあいた。中ではたくさんのおっさんたちが、がしがしと料理をしたり支度をしていた。休みではなかったのだ。

 無事、カウンターの一番はじに座れる。「とにかく黙ってこれを頼んでいればいい」とバルセロナウォーカーに書いてあった、ししとうの素揚げ、あさりの蒸し煮(かな?)、トルティーヤを頼む。カウンターは開店直後にもうぎっしり、で人気店ならではの活気。ああよかった。無事来れて。無事座れて。

 

 で、料理が来た。写真と同じ。おいしい。おいしいけど、普通においしいというか……。衝撃がなかったというか…。つまりいうと、「まあまあ」だったというか…。バルセロナウォーカーの、見事な説得力の文章で、この店のこのメニューがいかにおいしいか、二度三度と繰り返し読んできただけにちょっと拍子抜け。これが、疲れ切って、どこに入っていいかわからず、もうはずしてもいいよ、とにかく座ろうよおなかすいたよ、なんて状況でのことだったら、たぶん「うわあ、おいしい」とかなり満足したのだと思うけど、とにかくハードル上げて来てしまったもので、「……あれ?」感が強かった。

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 しかも4皿目、おすすめされて頼んだカルパッチョが全然やってこず、なのに、それらしい皿がずっとおっさんたちの後ろに放置されていて、「あれは私たちのではないのか?」「なぜ出さないのか?」「なにを待っているのだ?」「我々はすでとうにすべての皿を片付け終えているのに?」と疑心暗鬼でぱんぱんになり、結局、とくになんのきっかけもなく、ふとおっさんがその放置された皿を私たちに差し出してきて終了したのだが……なぜあんなにためていたのかいまもってまったく不明。

 

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⇧やっときたカルパッチョ。まあ、おいしい。普通に…。

 これが、食事よりも酒を重んじるカップルだったら問題なかったのだと思う。逆に「あんまりさっさと料理を出されると、追い立てられているようで嫌」とすら、思うかもしれない。けれど、私たちは、「料理はできたてを、すぐに食べなければいけない」という価値観で一致した夫婦であり、どんな食事でも、皿が来たらヨーイドンでとりかかり、だいたい20分で食べ終わってしまうスピードカップルだったのだ。おしゃべりに夢中で来た皿が半分しか食べられずにそのまま放置、などという状況が許せないカップル。ディナータイムに2時間用意されても、40分ですべてを終えて、時間をもてあましてしまうカップル。くつろぐのは、完全に食べ終えてからでいい、まずは食べ終えなければ、と信じているカップル。

 そんな私たちに、あの謎のアイドルタイムはなかなかの衝撃だった。足の痛みと、思ったほど味に満足できなかったことで軽く不機嫌になり始めた夫に、けれど隣のイギリス人夫婦が話しかけてきて、「夫はオックスフォードの数学の教授で、しょっちゅう研究会でここに来るのよ、私は子供が3人いてね…」などの話を聞いて、ちょっとなごんだのはありがたかったが。人なつっこくてかわいいおばさまだった。「とってもいい街なの」と何度も語っていたオックスフォードの街を想像したりした。

 

まあだからとにかく、

 

 料理のハードルを上げすぎると不幸

 

 というのが、cal pepで学んだことなのでした。