独楽ログ〜こまログ〜

45歳、女性、日本人、がひとりで毎日楽しくすごす方法を検証。

大久保カレー&スパイス散歩

スパイシーカレー魯珈に行ってみた

 

 大久保はスパイスを買うため、たまーに行くのですが、しばらく行かないうちに、カレーの大人気店ができてたらしい。みんなが動く週末はじっと我慢し、月曜になったのででかけてみる。ついでに、治りかけの腰には歩くのがいちばんよい気がするので、散歩も兼ねて。

 

 カレーの店は「スパイシーカレー 魯珈(ろか)」。東京駅のおいしいカレー店、「エリック・サウス」に7年いたという女性がひとりでやっている店らしい。そこで修行したカレーと、さらに彼女が愛してやまない魯肉飯(ルウロウハン・台湾の豚バラ煮込みかけごはん)の両方が食べれるという……個人店って、好き勝手やれて本当にいいなあ。

 昨年12月にオープンしたら、立て続けにテレビ取材が来たらしく、あっという間に大人気店に。おかげで月曜の昼でも並ばなければならない…。

 

 

 小さな小さな店で、ほそーいカウンターにぎゅっと並んで食べる。この狭さでは店内撮影は不可能だ。なかなかかわいい店なのだけど…。

 

 へそ曲がりだからなのか、名物魯肉飯&カレーが一緒に食べれる魯珈プレートではなく、カレー二種盛りにしてしまった。ちょっと後悔…。でも魯肉飯とカレーがけんかしそうな気がしてしまったのだ。ああ、でも両隣の人がともにプレートを食べていて、うう、味が知りたい…と激しく後悔。

 

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 2種のカレー、私は一押しというラムカレ(左)ーと本日のカレー、カリ・サピ。インドネシアの牛肉カレーだそうな。これはグリーンカレーのようだった。ココナッツミルクの味がした気がしたが、キャンドルナッツでこくをだした、と書いてある。おいしい。ラムカレーはスパイシーですっぱくて、どんぴしゃり、私の好み。玉ねぎのアチャールを大量に一緒に食べると、なおすっぱ辛くて、おいしい。なるほどー。人気店になるだけあるなあ。

 

 店の外にはずらずら人が並び、店内はぎっしり人が座ってて、それをたったひとりで女の人が切り盛りしている。カレーを用意し、客と会話し、電話に出てテイクアウトの注文を受け、カレーをサーブし、会計をし、テーブルを片付ける。これらを急いでるふうもなく、しかし猛スピードで、笑顔でやっている。これはすごい技なのではないだろうか?

 

 この愛のフライヤーを読めばよくわかると思うのだが、このオーナーさん、かわいらしくて情熱的、驚くほど感じのよい人である。人は、ここまで感じよく人をもてなせるものだろうか?と文語的に疑念を呈してしまうほど、完璧で素晴らしい接客。明るい、元気、気配りあり。お客さんも彼女と話すのが楽しくてたまらないようだ。カレーの話とか大久保という場所についての話とか、いろんな人とずっと会話している。ものすごい空腹でやってきた私は、さらに20分外で待ったあとだけに、「ああ……そうやってあなたが店主に話しかけると、私のカレーを作る時間が……」とまた狭量な考えを抱きながら、じっとカレーが来るのを待っていたのであるが…。

  チャイやラッシーも飲みたかったのだが、全然まったくここでくつろぐという雰囲気ではないため、諦める。

 

 おなかいっぱいでふうふう言いながら、新大久保のスパイスエリアへ向かう。新大久保駅の手前、マツモトキヨシの脇の道を左(向かって新大久保駅の場合)に曲がると、インド&イスラムエリア。大久保自体がかなり異国雰囲気満載の場所だが、なかでもこのストリートのエキゾチックさときたら…。家の近くにこんな場所があるなんて、本当に不思議だ。

 

「スパイス料理をいろいろしてみたい。でもスパイスってあれこれ揃えると高いよねえ」と思いながらググっていたら、大久保で買えばめっちゃ安いという情報を得たのである。このエリアには何軒もインド&イスラム食材屋があって、見比べるのも楽しい。

 

↑歩いてると最初に現れる店。

 

⇧ブレまくりでも、この店の野放途な感じは伝わると思う。

 

 この店の何に注目すべきかというと、とても日本とは思えない店内の荒れ具合である…。鳩とか平気で入り込んでるし。整理整頓という言葉、たぶん店主および店員は見たことも聞いたこともないのであろう…と思われる、異国チックな乱雑さ。でもおもしろい。店員さんはぎょろっとした目つきが本当に怖い。私が店内を長い間あるきまわっていても、何も言わない。けれど、いざ会計すると、にこっと笑って、「これでヨロシですか」と言ったりするのだ。なんだ……いい人なのか…。店に出入りするのはすべて外国人で、彼らと外国語で喋り続けているから、日本語なんて必要なさそうなのだが、ちゃんと「ヨロシですか」などというオモテナシ用語をマスターしている。

 

 何回か通ってわかったのは、この店にかぎらず、みんな店でうろうろする私に、決して声はかけないということである。どれだけ「なにか探してそう」な顔をしていても、どれだけ彼が暇でも、決して声はかけない。おそろしい目つきで、ただなにかを睨んで黙っている。もしくは、仲間と話し込んでいる。だが、こちらが声をかけると、喜んで話し出す(なんだかどこぞの国でも同じだった気が…)。笑顔もどんどん出る。日本語は、日常会話はもちろん接客用語もマスター。…というのが、彼らの基本姿勢らしい。

 

 二軒目はここ。「JANNAT」。

ここはきれいなのである。店主が几帳面なのだろう。一軒目で「本場感」を味わったあと、「でもいくら本場っぽくても私は日本仕様に慣れてるからつらいなあ…」と心が折れかける、しかしこの店が現れてほっとする、というのを、来るたびに繰り返していることに気づいた。

 

↑スパイス、豆類、調味料類がずらりと並んで楽しい。

 

↑発酵コーンの粉、とか…。なにを作るものなのだろう?

 

↑食品屋には必ず電話が売ってる。異国の地での(まあ異国じゃなくても、だけど)まず最初に必要なもの、ということなのだろうか。そしてだいたい数人たむろして、おしゃべりしている。

 

 広い、きれい、明るい。そしてなによりうれしいのが、スパイスを小分けにして売ってくれているところだ。たぶん、通常売ってる300、400、500gくらいの箱入りスパイスを、この店でいちいち開封して小分けにしているのだろうと思う。

 

↑こんなふうに。だいたい普通のスーパーの1/3くらいの値段で買えます。

 

 この店のお兄さんも、仁王のような顔で黙っていた。だが、私がレジに品物を持っていき、「お願いします」というと、にこーっと笑って、「はあい!」と言った。そして、「これ、2つ種類あるけど、これでいい?」と聞いてきた。チリパウダーが2種類あるらしいのだ。見た目はまったく同じ、赤いパウダー状。

「これ、ガーナ産でスーパースーパーホット!ね。いい?」

「え、だめだめだめ、そこまでホットじゃなくていい」

「じゃ、こっちでいいよ、きっと。こっちはインド産ね。あっちは350円だけど、こっちは200円」

「へー。見た目全く同じなのに…」

「僕たちも辛い好き、だけどこれはだめね、もうほーんのちょっと入れても、もうすごいね、辛くて辛くて辛くて」

「そうなんだ…こわい…教えてもらってよかった。ガーナの人は辛いのが好きなのね」

「そう。一度辛いの食べちゃうと、慣れちゃうからね」

「物足りなくなるのね」

「あとね、いつも辛いものに食べてる人はね、辛くないもの食べるとおなか壊しちゃうね」

「えーっ、そうなの!?」

「そうね。壊しちゃう」

 

 基本、人と交際しないのだが、店の人とあとくされない話をするのは大好きなのであった…。クリーニングのおばちゃんとか…。そのおかげでなんだかえらい有益な話が聞けた。

 気が大きくなった私は、「写真撮ってもいいですか?」とまで聞いた。勇気を出して。ふだん絶対そんなこと聞けないのに…。そしたら「いいよーいいよー、もうどんどん撮って!と両手を広げた……。なんか感動。これぞ“心が開けてる”人なのかも。「あ、お兄さんも撮っていい?」とさらに食い込むと、もっと笑顔になって「えーっ、いいよ! どうぞ!」。

 

↑みよ、このフルスイングな笑顔。今書いてても、なんだかほろりとしてしまいそうなほど、ナイスなお兄ちゃんだった。

 ↑これだけ買った。クミン、コリアンダーマスタードシードターメリック、そしてチリパウダー。ムングダール(緑豆)。ムングダールをのぞき、全部で2千円しなかったと思う。家に着いて荷物をあけたらいい香り!

 

 その後、大久保での第二の使命、業務スーパーへ。ラップ放浪の旅を続けていた私は、最終的にここの「プロ好みのラップ」がベスト、だと結論を下したのである。だから買い込まないと。

 切れにくい、密着感あり、100Mで大容量。これを使うと、サランラップとか、すぐ切れるからやってられないです。100均のラップは無添加かもしれないけど、ただのビニールだし…。すべての100円ラップがそうではないのだが。

 しかしこの間仕事したベテラン料理研究家の先生は、「結局サランラップが一番よね」と言っていて、私はなにも答えられなかった…。ここで争うのはよくないと思った…。人の好みっていろいろだなあ、と強く思ったので、ラップを使うたびに先生の顔を思い出す。

 

 ともかく、私はこの「プロ好みのラップ」が好きなので、業務スーパーの前を通りかかったら必ず買わなければいけないのである。家の近所にはない。

 

↑しかし、レジがものすごい列だった…。この人たち全員、レジに並ぶ人らです。果ての果てまで人の頭が見える。ここいらの飲食店従業員が大集合してる感じ。みんな買い物の量がものすごいから。

 

 なんとか買い終えたあと、腰をいたわってすぐ電車に乗るか、西新宿まで歩くか悩むが、歩くのが好きなので無理して歩いてみる。新大久保~西新宿まで、ごみごみした住宅街をちまちま抜けていき、ふと大通りに出ると高層ビルが!というのが結構楽しいのである。

 

 西新宿のタリーズでようやくお茶の時間。午後1時すぎ、昼寝しているサラリーマンがたくさんいて、いろいろ思う。それでなくてもこのへんを歩くと、ほぼ全員会社員で、非会社員でない私はいろいろともの思うのである。

 昔、先輩フリーライターが、「銀座とか歩くと、自分以外は全員カタギに見えて、なんか居心地悪いのよね」と言っていた。自由奔放に全力で自由業を謳歌しているような人だったので、そんなこと思うんだあと意外だった。つまり、「できれば会社員になりたかったな」と思ったりするってことだよねえ…と。私の場合、安定して働ける会社員に対する憧れ、尊敬、僻み妬みそねみ、がないわけではないのだが、こういう勤め人天国のような場所を歩いても、とくに気が滅入るわけではない。ただ、みんな毎日ここに通って働いてるんだなあ……としみじみ思うだけである。帰りはこういうとこで飲むんだろうなあ…とか。私とは全然違う生活送ってるんだなあ。毎日、なにを楽しみに暮らしているのかなあ、とか。

 

 こんなに西新宿について書くなら、高層ビル写真の一枚でも撮るべきだった。後悔。

次回行ったら撮って、アップしよう。

 

 

それって小麦アレルギーじゃないのかもよ?

いつ発症するのか!?

 

「数々の人々が店を辞めていったよ」

 と、かつてちょこっとパン屋でバイトしてたときに、焼き担当の女の子が言っていた。なんの話かというと、小麦アレルギーの話。

「パン屋で働くと結構な数の人が小麦アレルギーになっちゃうんだよね」

 子供の頃からアトピー性皮膚炎、アレルギー性結膜炎&鼻炎、たまにぜんそく、と闘い続けている、自他共認めるアレルギー人間なのだが、小麦アレルギーについてはほとんど考えたことがなかったので、驚いた。パン屋に務めると、少なくない人間が小麦アレルギーになってしまう……衝撃。それじゃあ、あたしなんて真っ先に…。

 

 と、思っていた数年後。この間もせっせとパンをこねお菓子を焼いてきたのだけど、あるときから、パンを仕込むと、猛烈に首がかゆくなり、くしゃみがとまらなくなった。

「来た…ついに来た」。

 いつかパンとお菓子の店が開きたいと考えていたので、小麦アレルギーになったらその計画は白紙、と怯えていたけれど、ついに宣告されてしまった。パンを仕込むたびに、これではたまったものではない、というかゆみとくしゃみが出る。仕方がないから、マスクをして、タートルネックを着るか、スカーフを首元に巻いて、調理用極薄手袋をして仕込むことにした。いちおうこれでしのげるので、計画は白紙なわけではないが、でも基本的にアレルギーって、原因物質に触れれば触れるほどひどくなる。店など始めて、大量に小麦粉とたわむれたら、猛烈に悪化するかもしれない…どうしたらいいんだ…そしたら小麦を使わない定食屋に変えようか?

 

 などと思いつつ、数年。最近は、キタノカオリで食パンばかり焼いていたのだけど、「そういえば、この粉のときはくしゃみでないなあ」と思っていた。

 

田舎のパン屋さんが小麦アレルギーについて教えてくれた

 で、そんなときにこの本を読んだ。

「腐る経済」 渡邉格著 講談社 

  副題は“田舎のパン屋がみつけた”。自力で見つけた麹菌でパンを焼いて田舎で売ってる著者が考える、理想的な経済の回し方を提案しつつ、彼自身の生き方を綴った本である。前々から読みたかったのだけど、古本で安くなるまで待ってたら、ずいぶん時間が立ってしまった。なにしろ大人気で、ちっとも安くならなかったのだ。…と、改めて書き出すと、自分のみみっちさに驚く。定価と古本の値段の差って、数百円だから…。

 

 私の狭量さはおいといて、とにかく人気なだけあって、すごくおもしろい本だった。30歳くらいまで完全な負け犬人生を歩み、一念発起してパン屋を始めたと思ったら、麹菌まで、普通の店のようにどこかから仕入れるのでなく自力で作りたいと、カビを生やして食べてみて(!)…という命がけの実験して理想の菌を見つける…という過程もすごくパワフルだし、グローバル社会になって、食材が世界中の思惑でどんどん値上がりしてしまうことに対抗すること、重労働の代表のようなパン屋を営みつつ、インプットしなければアウトプットできないと、週に2日完全に休むし、冬は1か月の長期休養までとる、そのうえで家族を養うためにはどう店を経営し、働けばいいのかを考えるというワーキングスタイルなど、どれも目が覚めるような驚き。自分で自分の道を切り開く、というのはこういうことかと思わされて、これはあと何度も読み直したいから売ることはできないな、という一冊だった。

 

 そのなかの、衝撃のひとつが小麦アレルギーについて書いたくだり。何軒かのパン屋で修行した彼は、ハナをすすっているときに同僚に“ようやくパン職人っぽくなってきましたね”と言われたという。手つきがプロっぽくなったのかと思ったが、違った。

 

 

鼻すすってるじゃないですか。パン職人の職業病なんです」

「どういう意味?」

「小麦アレルギーだと思いますよ。僕は鼻より手のほうがひどいですけどね」

 Sくんは、あかぎれでカサカサになった手を僕の目の前に差し出した。

 

 

 驚き①。小麦アレルギーになっても辞めず、アレルギーのままパンを作っている人たちがいっぱいいること。そしてそれが当たり前のほど、パン職人のほとんどは小麦アレルギーにかかってしまうということ。

 最初に聞いたのが「アレルギーなって辞めてった数々の同僚たち」の話だったせいもあって、アレルギー=廃業だと思っていたので、まず私はここで驚いた。そうか、辞めなくてもいいのか……。

 とはいえ、だから万歳、という問題でもない。実際、アレルギーってのは、つらいんですよ…。子供の頃からこれに悩まされてきた私は、体中の断続的かゆみが、そしてそれによるひっかき傷、ずっと通らない鼻、出続けるくしゃみ鼻水などが、どれだけ集中力とやる気を奪うか知っているだけに、「情熱さえあればアレルギーでもよい」とは即断できない…。

 

ていうかそれって、小麦アレルギーじゃなくて…

 で、驚きは続く。その②。

 

「でも、小麦アレルギーの本当の原因は小麦じゃないっていう見方もあるんですよ。ワタナベさんは、輸入小麦のポストハーベスト農薬って知ってます?」

 日本でも流通している小麦粉の90%近くは輸入品で、輸入小麦には、船便で出荷する前に殺虫剤が振りかけられている。(中略)

 収穫後の作物に農薬を振り撒くことは、日本国内では危険だとして禁じられている。ところが、これがなぜか輸入品に関しては当てはまらない。船便で出荷されてから日本に届くまでの約2週間、小麦は、船の上で殺虫剤とともに波に揺られているのだ。(中略)

「国や製粉会社は、小麦から検出されている農薬は基準値を下回っているし、小麦粉を加工して食べる分にはまったく問題ないって言うんですけどね。僕の知ってるパン職人は、だいたい鼻か肌かやられてますし、ワタナベさんの鼻や僕の手も、残留農薬のせいなんじゃないですか」

 

 

 これだけでもがーん!と声が出てしまうほど驚いたのだが、まだ終わりじゃなかった。

 

 僕の最後の修行先、「ルヴァン」というパン屋では、国産小麦だけでパンを作っていた。そこで働きはじめてしばらく、気がつけば、僕の鼻の調子がすっかりよくなっていた。

 

 残留農薬! なんということだ……。思えば、むかーし「美味しんぼ」にはまっていたとき、ごくごく最初のほうで、あれだけ山岡がポストハーベスト(収穫後の殺虫剤散布)の危険性について憤っていたではないか。「ポストハーベスト! 恐ろしい!」とたしかぞっとしたはずなのだが、長い間適当に生きていたら、外国産のレモンやオレンジを買わなければいいのだ、という、ただそれだけしか私の頭には残っていなかったのである…。というか、ポストハーベスト食品は、オレンジなどのように必ずでかでかと「農薬散布してます」と書いてあるのだと思っていた。輸入小麦の袋にそんなものは書いていない。

 

 この話が異様に説得力を持っていたのは、この本を読む前から「キタノカオリ(国産)」をいじってるときはくしゃみが出ない、ということと、「ラ・トラディション・フランセーズ(仏産)」をいじってるときは激しく出る、という事実にぼんやり気づいていたからだ。なんということだー。残留農薬なのか? そうなのか!? いくら国が安全、と言ってたって、実際こんなに首がかゆいんだから、なんかあるってことでしょうが! もちろん、一個人が「そうなのかもしれない」と推測しているだけなんですが。

 

 これはショックです。なぜならば、ラ・トラディション・フランセーズという粉は、これで1本記事を書いたくらい、おいしくてお気に入りだったからである。ていうか、ラ・トラにかぎらず、例えば菓子用の「エクリチュール」とか石臼挽きの「グリストミル」とか、外国産には「これでなければ」と思い込ませる独特のおいしさがあるんだよなあ……。ああ、あれらを全部諦めなければいけないのか。

 幸いなことに、「キタノカオリ」や「スローブレッドクラシック」など、国産にも「これがいい!」と思いつめる粉があるけれど、でもなあ…だからといって、あれら輸入小麦すべてを諦めるのはつらい…。

 

 この問題は簡単には解決しないけれど、長年?と思っいたことに、ひとつ理由が見えてきたということで、ある意味すっきりはした。このさきどうしようかは、まあゆっくり考えよう…。

「腐る経済」おもしろいです。帯にある通り、“これからの生き方を探る、すべての人へ”というフレーズが、まさに。これからの生き方を探ってる時間はもうない46歳にすら、かなり響きました。

京番茶はいかが?

毎回ぎっしり書かなくてもいいよね…と気づいた

 

 あまりにも長い間旅行記を書き続けてきたので、終わったら何を書いていいかわからなくなりました。旅行記を書いてる間は、あれも書きたい、これも書きたい、なのに旅行記が終わらないから書けない…とか思っていたはずなのに、いざ終わると、どのねたも、わざわざ書くほどのことだろうか?などと思えてきて…。

 

 だが、なにも毎回五千字、六千字と書かなきゃいけないわけじゃないのだ、とはたと気づいた。みんなもっとゆるく書いているではないか、と。なので、私もたまにはそうしてみよう。

 

 というわけで、自分のなかでブームが再燃した京番茶について書きます。

一時期京都行きにはまっていたとき、あちこちの飲食店でこのきついほど香ばしいお茶が出てきて、なんだろうこれ、すごくおいしい…と感激し、聞いてみたら、それは京番茶だったのでした。

 

玉露のあまり葉が京番茶になるらし

一保堂のHPによると、

 

玉露甜茶(字が違うのだが変換できない…抹茶の原料になるお茶)の畑で、茶摘みのあとに残った、大きく成長した葉を、枝や茎ごと蒸し、もまずにそのまま乾燥させ出荷直前まで保存。時期がきたら鉄板の上で3分炒ると、このお茶ができるのだそうな。だから京番茶、またはいり番茶、と呼ばれる。

 

さらに、

 いり番茶は「京番茶」とも呼ばれ、京都では普段使いのお茶として最も親しまれているお茶です。ほうじ茶とは趣の異なる独特の香ばしさやさっぱりとした味わいが特徴です。でも、いり番茶になじみのない型には「焚き火臭い」「タバコ臭い」と感じられることも。含まれるカフェインやタンニンの量も少なく、昔から京都では、とくに赤ちゃんや病気の方に良いお茶と伝えられています。

 

 とも書いてある。そうそう、「焚き火臭い」のです! これがたまらない。「タバコ臭い」とは思わないけれど…。まあでも、人を選ぶ味かもしれない。

 

 なんでも手に入るはずの東京で、こんなの見たことないし、買おうと思っても売ってない…と思っていたら、紀ノ国屋でようやく発見。一時期狂ったように飲んでいたけれど、ブームも過ぎていつのまにか忘れていた。今年になってふと思い出してまた買ってみたら、やっぱりおいしいなあ!ということで、毎日夢中で飲んでいる。すぐ夢中になるのだ…。

 茶葉はほぼ枯葉。結構インパクトある。大きな大きな紙袋に入って800円、というのもかなりお安い。紅茶なんかに比べて大量に使うのだけど、それでもこの量は、毎日がぶがぶ飲んでも2~3か月もってしまう。

 

↑大きさを実感してもらうため、目薬を置いてみた。

 

 今回、またハマりなおしたのは、ストレートで飲むのもおいしいけど、ミルクを入れるとなおいっそうおいしいのだ! と発見したから。寝る前や、なんとなく甘いものが欲しいけど食べることはできないという状況で、ミルクティーはかなり助けになる、ということでよく飲んでいたのだけど、紅茶より京番茶のほうがおいしい。この焚火臭さがミルクで中和されて、なんともいい香り。

 

 お気に入りの牛乳も出しちゃおう。その名も「種子島牛乳」。種子島でとれるのだ。スーパー三徳でしか見たことない。1リットル340円くらいするので高いのだけど、しょっちゅう賞味期限が迫って3割引になる。これはすごくおいしい牛乳です。ノンホモジナイズでも低温殺菌でもないけど、そのどちらの牛乳よりもおいしい。三徳はおもしろい牛乳がいっぱい揃ってて、楽しいスーパーです。

 

 

 ローゼンダールのOPUSというキャニスターにうつしてみた。1.8リットル容器にぱんぱんに入れても、まだ紙袋には2/3残ってる…。すごい量だ…。ガラス容器に入れると、この枯葉もなんだかすごく素敵に見える。まあ、本当は完全遮光すべきなのだろうが…。

 

 このキャニスターも大きいけど、ポットもでかい。まさに土瓶といった大きさで、見た目にはこの二回りくらい小さいほうが美しいけど、お茶をがぶがぶ飲める大きなポットというのが第一命題だったので、しかたない。アラビアのGA3、ウラ・プロコッペデザイン。

 

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 GW、ギックリ腰がなおらず、漫画ばかり読んでいたけれど、この棚(っても、この写真じゃなんだかさっぱりわからないな…)にいろいろ載っていたものを降ろしてきれいにしたのは、唯一の成果。ここにローゼンダールを置いてみよう。右の真っ暗なやつは、レーズンのラム酒漬け。

 

  では、今日はゆるくこれで終わり。

スペイン旅行記 その31 ついに帰国。アエロフロート ビジネスクラスの復路、そして書くことの威力。

暗闇から暗闇へ

 着いたときも真っ暗。移動するときも真っ暗。そして帰るときも、やはり真っ暗だった。なにか後ろめたいことをした人のような気持ちで、こそこそと異国の道をスーツケースをひきずって移動する私たち。

 最終日も、朝7時に、宿主のマリアを起こさないよう、静かに家を出た。いろんな事情で仕方なく「真っ暗移動」になったわけだけど、できることなら明るいうちに着きたいし、明るいときに出たいものです…。なんか、とても物悲しい気持ち。

 

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 徒歩10分程度だが、スーツケースとともに、だとなかなかしんどい距離をバス停まで移動。しかしマドリードの中心駅、アトーチャ駅から空港まで1本で行けて、料金5ユーロなのだから、かなりお得。13~35分間隔で発車し、なんと24時間運行。所要時間約40分。いろいろと便利すぎる。

バスの名前はエクスプレス アエロプルト です。

 

 しかし例によってバスが苦手な私は、なんとなく落ち着きなく乗り込み、「無事着きますように…」とただ祈る。しかし朝7時なので無事にはつかず、なかなかの渋滞ラッシュにまきこまれ、一時はかなり情緒不安定になるものの、例によって表に出さないよう、必死でこらえる。AVEに乗ったときはかなりいい感じで、不安なんてやってきようもない、くらいの安定感だったのだけどなあ…。やっぱりだめか…。

 

 それでも1時間ちょっとくらいでバラハス空港到着。もうここはとくに書くべき事件も起こらず、スペインのものはいろいろとスタイリッシュだなあ…なんてことを自販機などを見て思いながら、長い時間待つ。

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 帰りだって、私ひとりだけビジネスクラスなので、私ひとりだけ、豪華なラウンジでぼけっと待つ。ラウンジが広すぎて、なんかこころもとない。ペネロペ・クルースのような強烈なスペイン美女がモップがけをしていたのが印象的だった…。やはり職はたりないのか。

 

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 まずは行きはかなりつらかった、アエロフロート欧州近距離線。帰りは予想していたせいか、なんとか切り抜けるけど、食事が不思議だった。前菜はまあよいとしても、このステーキはなんだろうか…。メニューにはサーロインと書いてあるが点。ためしに食べてみるが、この模様のブロック状に肉がほぐれる。つぎはぎステーキなのか?(すいません、肉についてとても無知です) えーと、正直ひどい味でした。付け合せ、デザート、パン、全てが、??という味。でも、これも予想通りなので、こんなものだよね、と了承。

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⇧せまい機内…。

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⇧すべて、とくに語るべきことなし…。

 

 

モスクワ乗り換えで汗だく

 

 で、モスクワに着いた。チケットにはターミナルDに着いて、同じターミナルDから出る、と書いてあったのだけど、たまにこれが狂うらしい。ターミナルDに着いて、ターミナルFから出る、とか。それはモスクワに着いてみないとわからない。

 で、私たちは見事これにはまってしまったらしい。しかもぼけっとしていて、途中、私から?夫から?どちらが指示したのかも覚えていないのだが、ぼんやりと列に並んでいた。それが成田行きの機に乗るための列だと信じて…。だいーぶ長いこと待っていたら、ふと夫が、「ねえ、俺らこの列に並んでてほんとにいいの?」と恐ろしいことを言い出す。「えっ?」とあせってあたりを見回すと、堂々と「TRANSIT」のサインと、→が! どうやらここはロシアに入国するための列だったらしいのである。どうりで並んでる人がロシア人ばっかりなわけだ!

 

「ここじゃないみたい!」と騒いだあとがもう大変。その矢印にしたがってめくら滅法走りまわり、数々の空港職員にチケットを見せて、何処行けばいいのか?と尋ねたり、ボードを見た結果、今自分たちはターミナルDにいて、成田行きはターミナルFから出る予定に変更されていて、そしてDからFへは歩いて15分かかる、と表示されている!ひえー。ぼんやり列に並んでものすごく時間を稼いでしまったため、あと離陸まで10分、とか、本当に切羽つまった状況になってしまう。とにかく重たいバッグを振り回して走る。足をくじいてるはずの夫ものちのちひどいことになるのでは、というほどの痛みを振り切って走る。美しいロシア人のCAさんたちが、「あんたたち、急いで急いで!」と走るジェスチャーをして、いろんな人を制して優先的に道を開けてくれたり、チケットを見て仰天(時間がないから)、いろんな人に連絡してくれたり、と、なかなか…スリリングな疾走でありました…。

 

 そんなこんなで汗びっしょりで機内へ。いやはや危ないところだった…。乗れなかったときのことをあれこれ想像して、また汗をかきつつ、ようやく乗れたひろーい飛行機に安堵する。飛行機に乗って安堵する、というのも私は初めての経験だ…。

行きはとりそこねたアメニティを撮影したり、私を担当するらしい、「glee」のカートのようなかわいいCAに挨拶されたり(本当にかわいかった)しているうちに離陸。

 

http://img.elle.co.jp/var/ellejp/storage/images/culture/celebcolumn/p-celeb-first-job_13_0403/chris-colfer/6400422-1-jpn-JP/_1_image_size_372_x.jpg

⇧カート。エルオンラインから借りました。

http://www.elle.co.jp/culture/celebcolumn/P-celeb-first-job_13_0403/Chris-Colfer

 

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⇧アメニティ。黒い物体はアイマスク。

 なんだか運動したし、安堵してるし、帰りは眠れるかなーと淡い期待を抱きつつ、まずはごはん。モスクワで積む料理なのでなにも期待しない。

 

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↑まずバラ(造花)がカートより配られる…。え? なんだろう…。すごいサービスだなあ。

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 ↑メニュー。

 

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↑アペタイザー。カトラリーがないので、どうやってこのカナッペに、右のジャム的なものをつけたらいいのかとても困る。あれ? でも悪くないな、味…。

 

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↑前菜。これも、なに食べたかメニューを見ないと思い出せないほどなのだけど、なんかおいしい。おかしいな。

 

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↑サラダ。ほくほくのかぼちゃ、まったくけちっていないアーモンドスライス入りで、行き同様やはりおいしい。しかし、マドリード→モスクワ線で食べてしまったので、そもそもあまりおなかすいていないのに、かぼちゃが入って、かなりこたえた。おいしい。かなりおいしい。しかしおなかがいっぱいなのだ…! ああ!

 

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↑メイン。ひらめのハーブ焼き。付け合わせはローストトマトに、たっぷりの黒米! なんかロシアっぽい。これまた、なかなかおいしい。えー、おいしいんだ? へー。…でもしかし、二口食べたらもおなかが限界だった。もう水すらも入らない、というくらい満腹で、これを残すことを、あの天使のようなカートに伝えるのが本当に心苦しくてたまらない。「すっごくおいしいんだけど、どうしても入らない」と伝えると、「いいよ、いいよ、いいんだよ。デザートはどうする? いらない? 大丈夫。お茶は? うん、持ってくるね」という感じで、詫びまくる私を逆になぐさめてくれた。ああ、今思い出しても申し訳なくてたまらない。そして、マドリード線のくずのようなステーキを食べて、これを残すとは…と自分の不覚さ加減に腹をたてる。

 

一方、夫はエコノミー席でこのようなものを食べていたという。

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↑「味………わりとひどかったかなあ」と夫。

 

 とにかく具合が悪くなるほど満腹で、なんとか寝てごまかそうとする。しかし……これが眠れないんだなあ。ほんのすこしうとうとしては、目が覚めてしまう。ポッドキャストの「町山智浩の映画ムダ話」もどんどん進行して、終わってしまったらどうしよう、と気が気でない。そんなふうに悪戦苦闘していると、突然、BOSEノイズキャンセリングヘッドホンから異音が! ピーとかジーとかジジジ…等々、おもわずヘッドホンをかなぐり捨てたくなるような不快な音! えー、機内での平和にはこれが頼りなのにどういうこと!? リセットとかいろいろしてみたけど、結局異音はおさまらず、よって私はますます眠れず。辛いなあ……と眉間にシワを寄せたまま、長い時間をすごすのであった。あーあ。

 

 この異音、あとでいろいろ調べたら、単なる電池切れだったようだ……なんということ。しかも行きの機内で、たしかに私は「これ、電池大丈夫かなあ? 機内で電池切れ、なんてことになったら私死んじゃう」とぼんやり思っていたのだ。そして「スペインについたら電池買っとこう」とすら考えていた。見事に忘れていた。そして見事に予想は現実化した。

教訓です。ヘッドホンの電池は必ず予備を用意するべし。

 

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 ろくに眠れないうちに朝ごはんがきた。これ…器に入っているのはパンケーキなんだよね…うーん。確かに小麦で作ったんだろうが…。このプレートはすべていまいちだった。写真もブレまくりですみません。

 

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↑夫のごはん。フォーチューンクッキー? なぜ?

 

 そして成田到着!

 

 帰りもがんばってアクセス成田(バス)に乗って帰宅。うわー、無事帰ってきた…と呆然としていた半日後、親戚が亡くなってしまい、我々は再び荷造りして三重県まで行く…。夫によると「あれも旅行の一部」ということで、この新幹線で激写した富士山がスペイン旅行の最後を締めくくったのでありました。

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おじさん、安らかにお眠りください。いつもよくしてくれてありがとう。

 

 おまけ。

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↑この旅行のチケット類。ビスケットとチョコレートはマリアが毎日補充してくれて、毎日むしゃむしゃ食べていた。

 

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↑唯一たくさんお金を使った店、バルセロナのナッツ屋さん、CASA GISPERTのナッツ類。マルコナアーモンド、ピーカンナッツ、ピスタチオ、レーズンにいちじく。サフラン。種入のレーズンというものを勧められて食べたけど、本当に種がぷちぷちしておいしかった。

 

 

 この立派でものすごく甘いレーズンを、どうやってお菓子に使おうか、まだ悩み中。悩みながらつまんじゃって、どんどん減っている。

 

あとがき(!)

 全31回、執筆期間4か月。長々と読んでくださってありがとうございました。

4月すぎた頃になると、正直「もう何も覚えてないっす…」と毎回書く前に思っていたのですが、いざ書いてみて、そして写真も眺めてみると、いろいろ思い出すものですね。自分の脳への信頼が久々に回復しました。一個なにか出てくると、ずるずるといろんなことを思い出す。

「いろいろと忘れないために、とにかく写真を撮りまくろう」と数年前に決めて、旅行では何百枚も撮り、それを旅行後に見てまた旅した気分になる……これをよしとしていたのだが、文章で書き起こしてみると、その再現力は写真の比ではなかった。

 

書くとこんなに思い出すんだ! 

 

 自分でもびっくり。これらのひきずりだされた記憶は、書かなかったらそのまま忘れ去られていたはず。そう思うと、うーん。書いてよかったなあ。別になんの利益を生み出すわけでもないのだが…。なんか気持ちが充実するというか。満たされるというか。みなさんもぜひ、「もう書くことない」「書いてなんなの?」などと思わず、体験したこと、妄想したこと、書いてみましょう。…と、柄にもなくおすすめしたい気分にすらなる。

 書いて、思い出して、もう一回旅した気分にもなれる。間違いなく私はスペインに二度行った、と思う。昨年の11月にチケットを買ったときから、この5月まで、実に私は7か月間、この旅を愉しんだということ。なんというか、しゃぶりつくしたというか、もとをとったというか、文字通り骨の髄まで味わった。

 これはいい旅のスタイルだなあ、と我ながら自画自賛。あと何回行けるかわからないけど、旅の新定番にしようと思う。

 

スペイン旅行記 その30 マドリード3日めも食べて終わる

マドリード最終日 

  さて、ついに旅行も最後の日になりました。出発は明日の早朝なので、楽しめるのは本日が最後。けれど、とにかく念願のプラド行きは果たしたので、あとはなんでもいいかあ、なにも決めずに今度こそのんびり過ごそう、と決意。

マドリードは見るところがない」といわれたもするそうで、みんな時間があるとここから1時間くらいで行ける古都トレドに行ったりするらしいのだが、私たちはそれやると疲れ果てそうなので、やめ。王宮見学でもしますか、ということになった。

 

 宿からひたすら西へ。サンタ・アナ広場~マヨール広場~サンミゲル市場を通過して、約20~30分。散歩をかねてちょうどよい距離だ。実はこの道、昨日の祭りからの帰り道通った、と途中ようやく気づく。このとき、マヨール広場でなにか作っていた。

 

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 なんだろう…と思いつつ、追求せずに通過してしまったのだが、今わかった。

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↑アルゼンチンのお祭りで、アルゼンチン式に肉や野菜を焼くための装置だったのだ。

上に肉を、周囲に野菜を並べ、気長に気長に待つというものらしい。食い意地の張った夫は、「いつ食べさせてくれるんだろう。ぜひ食べたい」と言って、その場から動かない。

 

その間にお兄さんたちがパンケーキ(らしきもの)をひっくり返したり、かぼちゃの位置を替えたりして、お世話しているのが楽しいのだが、それにしても食べさせてくれる気配はまるでないので、とにかく先に王宮へ行くことにする。

 

 途中、有名なサンミゲル市場も通る。「観光客相手で、値段は高いしモノは適当云々」とあまりいいことを聞かないのだが、通りがかりにあるならぜひ見よう、ということでここも帰りに来ることに。

 

 例によって朝ごはんは調達できなかったので、王宮が開くまでの時間、目の前にあった素敵なベーカリーに入る。

 

なかにはまるで靴屋のようなソファがあって、不思議。キッシュを書い、そこに座って食べる。これまた「!」といううまさ。

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⇧ショーケース、真ん中がキッシュ。

こんなにあれもこれも「おいしいおいしい」と書くと、まるで味のわからない単細胞のような気がしてつらいのだけれど、しかしおいしかったのは事実。生地もうまかったけど、アパレイユが抜群においしいキッシュであった。卵と生クリーム(もしくは牛乳)で作るキッシュのアパレイユ、ひとくちめはおいしいのだがすぐにくどく感じてきて、生地もバターまみれだし、食べ終わると「もういいや」と思ってしまうものなのだが、なぜかここのキッシュはソフトな味わいで、おかわりしたくなるほどおいしかった。なにか違うものを使ってると思うのだが、なんだろう? 他に牛乳がおいしいとか、そんな理由なのか? 「なぜこう、いちいちおいしいのだろう。東京は味のレベルが低いのか?」とあれこれぶつぶつ言いながら王宮へ。

 

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 この王宮は、私の興味のあるフェリペ2世は住んでなくて、そのあとのフェリペ5世が建築を命じて1738年に建築開始、完成は1755年とのことで、食いつきがやや弱い私。しかし美しいこと、でかいことには変わりなく、たどりつくと「おおおおー」と声をあげてしまう。

 

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⇧このアーチを通して、マドリードの郊外が臨める。とても美しい。

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 館内は撮影禁止。内部も豪華絢爛だったけれど、すごかったのは王立武具博物館。ここも写真撮影禁止なのがかえすがえすもくやしい…。

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/a/a4/ArmeriaPalacioRealMadrid.JPG

 写真はwikipediaよりお借りしました。要するに鎧、剣、甲冑など様々な武具がずらりと展示してあるのだけど、こんなものを間近でまじまじと見たことがなかったので、ものすごくおもしろかった。こんなにすさまじく重く閉塞感のあるものを見につけて戦争に行ったのか…と思うと、人って、やろうと思えばなんでもできるんだなあ、としみじみ。もちろん閉所恐怖の私にはこんなもの、着ることすらできない。

 なかには子供用の甲冑まであって、どういう理由でこんな子供が戦に? 王子などがパフォーマンスで? そうであればいいけどそうでないならつらいなあ…とか、馬用の甲冑などを見ると、こんなものつけられて人も乗せて…と馬ってすごい、だとか、この剣は何人の血を吸ったのだろうとか、そもそもこれだけ防備していても、槍をさせば突き刺さるものなのか? とか、こんなに剣や甲冑を装飾して、つまり戦は祭りなのか?……等々、頭がぐるぐるして楽しかった。

 

予想外のサンミゲル市場

 昼近くになり、帰り道をサンミゲル市場へいそぐ。決して期待してはいけないと肝に命じつつ、とにかくおなかすいて…。

f:id:camecon:20170505161158j:plain だが予想に反して、改装したばかりらしく、ぴかぴかでデパ地下みたいで楽しそう。

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ものすごくおいしかったヨーグルトメーカーのショップもある。いろんなトッピングをしてくれるらしい。しかしここのヨーグルト、普通に食べるほうがおいしいんだよな、と昨日プレーンタイプを食べて思っていたので、トッピングには興味わかず。

 

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 さっそくいろいろ食べてみる。なにせほんの少しから買えるから、失敗しても痛手が少ない。目についたものをちょっとずつ食べる。

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  やはり期待(?)に反してどれもこれもおいしいではないか……どういうことだ。かなりおいしいのだ。

 

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サラゴサのバルで観て、謎だった(聞いたけど、スペイン語でまくしたてられてなんだかわからなかった)食べ物にも再び出会い、これが魚のすり身だったのだと知る。SURIMI。世界共通語になりつつあるらしい。おいしかった。

 

「肉、焼けたかな!」

 と夫が言うのは、行きがけのアルゼンチン祭りのことだ。彼はまだ食べさせてもらう気でいるらしい。サンミゲル市場でだいぶおなかふくらませつつも、またマヨール広場へ。

 

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 焼けている!ずいぶん焼けている! 煙の量と、下の野菜を見ると、どれだけ時間がたったかわかる。

「もう焼けてるよな。もう食べれるよな」とわくわくする夫。ふたりでじーっと「その時」が来るのを待ってみる。

…が、いつまでたっても肉を切り出す気配はなかった…。かなーり待ったのだが、事態が変化せず、ついに断念…。その後夫は、写真を観るたびに「あーあ。どんな味だったんだよ…」と残念がっていた。

 

美食は終わらず

 

 サンミゲル市場でいろいろ食べたのだが、朝食なんだかおやつなんだかわからない中途半端な量で、アルゼンチン肉が食べれなかったこともあり、「やっぱり昼を食べるべし」ということになった。宿の周辺には気になる店がたくさんあり、せめてあと1、2軒は試してみたかったし。

 

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 そのなかでこの店を選んだのは、外観がとびきりかわいくて、通りかかるたびにいつも大賑わいだったから。入ってみると、いつにもましていっそう混んでいた。日曜の昼すぎ。バルはこんなに混むものなのだろうか? バルとかレストランとかカフェというよりむしろクラブ、もしくは満員電車のような店内をなんとかかいくぐってわずか1席空いていた席へ。おなかはすごく減っているわけではないからハムとイワシという、おつまみのようなものを頼む。こんなに客が入り乱れていて、いち東洋人の注文なんか通るのだろうか…と不安になりながら待つ。それぐらい混んでいたのだ。

 

 

 しかし、ほどなくオーダーは来た。

 

 すごい迫力で。写真でどれくらい伝わるかわからないのだけれど、これが目の前の小さなテーブルにどん、と置かれたときのショックはなかなかだった。もりもりのイワシ。そしてハム。たしかソーセージと聞いた気がしたのだが、ハム。

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「うわ、酸っぱい!」

 酸っぱいものは得意ではない夫が、口に入れたとたん、叫ぶ。酸っぱいもの好きの私は、じゃあ私しか食べれないのか?と心配になったがすぐに

「でもすっごくうまい!」とさらに叫んだ。

 私も食べてみる。ほんとにしっかりと、がっつりと酸っぱい。そしてものすごくおいしい! うわー、と言うほど強烈な酸味なのに、きつさが全くない。ワインビネガーの差なのか?

「この酸っぱさは日本にはないなー、ありえないなー、でもうまいなあ」

 と言いながら、夫は夢中で食べる。私も負けずに食べる。あっという間に完食。おつまみのような皿だが、パンと一緒に食べたらおなかはかなりふくれる。もちろん、ハムも文句なしにうまかった。

 ともかく、この店も、大当たりだったのだ。いったいどうして? こんなに毎回行く店行く店すべておいしい、なんてこと、あるのだろうか。しかし、半年たった今でもあのイワシの味はくっきりと思い出せる。それほど強烈だった。あの混み具合も、あの味なら当然だろう。

 客の一部分はママ風の女性の集団。午前中に子供の学校かなにかの集まりがあって、その帰りに昼食兼飲み、という感じだろうか。みんなめちゃくちゃよくしゃべる。立ったまま、グラス片手に、ときどきつまみを口に入れて、しゃべる、笑う、食べる、飲む。この人たちが飲んでさわぐのは夜だけではないのだ…。

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⇧こんな感じ。

 結局、最も楽しいことは誰かとこうやって盛り上がることなのだろうか。そんなことをもう何年もしていない自分は、うらやましくなり、そして不安にもなる。

 

「いいなあ~楽しそう」とママたちを横目で見ながら外に出ると、外は外で盛り上がっていた。喫煙組がいたのである。

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 人付きあいの大切さを改めてつきつけられつつ、夫はまたどこぞで仕事するというので、私は再び、ひとりぼっちでプラド美術館へ。

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 昨日観た名画をもういっかい観て、昨日流して観た絵たちもじっくり見直す。二回観るって大事かも、としみじみ思いつつ観る。一回目はどうしても「嵐のように過ぎ去っていく」という感じで観てしまうのだが、二回目はだいぶ冷静になれる。日曜の午後だが、オフシーズンだからか館内はどこもほどほどの混み具合で、やっぱりここは居心地のいい美術館だなと再確認。

 昨日は「遠いから嫌だ」と夫に拒否られたカフェにも行ってみる。美術館のカフェは当たりが多いのだが、ここもいい場所だった。

 

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 驚いたのは、オレンジジュースが衝撃のおいしさだったこと。バルセロナのカフェの搾りたてジュースは、普通の、よく知ってる搾りたての味がしたが、このカフェのそれは、知らない味だった。きっとオレンジの種類が違うのだろう。

 ちなみにオレンジジュースはスペイン語で「スモ デ ナランハ」という。スモがジュースで、ナランハがオレンジ。英語と似たような単語が多い…つまりラテン語源流ということだけど…スペイン語だが、こんなふうにときどき、まるきり英語とかけはなれた言葉になることがある。これは長い間スペインを支配していたモーロ人(つまりイスラム)たちの言葉が影響しているのだそうな。紅山雪夫著「添乗員ヒミツの参考書 魅惑のスペイン」に書いてあった。

「資料を探そう」には載せ忘れたのだけど、これはおもに旅行後に読んだから。時間がなくて…。スペインのなりたちがかなり昔のことからがっつり書かれてあって勉強になります。これを読んで、マドリードで考古学博物館に行かなかったことをかなり悔いました。アルタミラ洞窟の壁画(複製ですが)があり、すごく見応えがあるのだそうな。「添乗員~」は私の資料のなかではかなり教科書的な本なのだけど、著者のスペイン愛がひしひしと伝わってきて、良書です。

 

 そして、実は隠れテーマにしていた目的を、ここプラド美術館で叶えることができた。「ミュージアムショップで素敵なマグカップは手に入るのか?」である。そう、ここにあったのだ。

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 形といい、シンプルさといい、なのに見えないような奥ゆかしさでMUSEO DEL PRADOと浮き彫りが。これはミュージアムショップで手に入るマグとしては最上の部類に位置するものではないだろうか。なにしろ、形が美しい。ありきたりのまっすぐな、どてっとしたマグカップとは一線を隠す流線型。

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 外側は潔く白の無地、でも内側はカラフル。しかもその色が水色、抹茶色(私が買った色)、焦げ茶色と、誰にもこびない渋い選択。いつもなら全色、少なくとも2色は買うのだが、「そんなにガツガツものを買うべきではない。1個で充分じゃ」とどこかから老成した自分の声が聞こえてきたので、思い切って1個にしてみた。このマグの美しさは2個3個と並べたときこそ、発揮されるとわかってはいたのだが…(単体だと色が渋すぎて地味…)。3色並べた姿を公開したい、とググってみたが、なんと見つけられなかった。うーん。やっぱり買うべきだったのかなあ。

 値段も忘れてしまったのだが、「あれ?意外と安い!」と思った記憶はある。12ユーロくらいだろうか。

 

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⇧夫はひとりでプラド美術館隣の公園にでかけたそうな。この公園のなかには、マリアのお兄さんがデザインしたエリアもあるという。

そして最後の美食

 そんな充実した午後を過ごして、夕方帰宅。「最後だから夕飯も食べよう」と夫とともに外に出る。「もう一回「Bistoronomika」でもいいよね、という案も出たのだが、日曜は休みだった…。で、またぐるぐると回る。日曜なので休みも多く、なかなか店が決まらないなか、夫が「ここはどう?」と聞いてきた。まあごく普通にかわいらしい、カジュアルなバル…というかカフェ?な佇まいだったのだが、店の前にでっかい垂れ幕が下がっていて、「トルティーヤ」だの「パエリア」だの印刷されている。「こんな店は嫌だ」と直観が走る。なんだか…自由が丘あたりの、若者を狙う軽薄なカフェレストランのようではないか(すみません。自由が丘に罪はないのですが)。なのでいったん通りすぎたのだが、なんとなくどこも決め手に欠けて(まあつまり、例によって時間が早いからどこもがらすきで、入るのがためらわれるのだ)、夫が妙に「ここ、いいみたいだよ? 評価も悪くないし」と押してくるので、まあいいか、と折れて入店。7時くらいだったので、客は1組のみ。おそらく、観光客の家族連れだ。

 なにも期待せずに、とにかく全然野菜が食べれていないので(スペインは野菜不足になる、と書いてあったけど本当だった)、サラダと、夫が食べたいというトルティーヤを。

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↑サラダがきた。

 

これをしげしげとながめてすこし不思議な気持ちに。なんだろう…。おいしそうなんだけど、このサラダ…。トマトはちゃんと皮がむいてあるし、ツナはマグロを今コンフィしたかのようなチャンク感、ごろんとしてておいしそう。

 実際、食べたらおいしいし! ドレッシングも普通で、でもばしっと味が決まってるし、量も適量。なんだろうこの店、すごくちゃんと料理してるんだ!とまたダメ押しの驚き。またここでも当たりに出会ってしまったのか。こうなると当たるのがまずいかのような…。

 

 で、トルティーヤ

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これまた…ナイフを入れると、中からとろんと卵と、ほくっとじゃがいもが出てくる。うわー、おいしそう! で、おいしい! トルティーヤとは揚げた芋を卵でくるむのが大切なのだ、とどこかに書いてあったけど、揚げた芋の油の風味と卵の味が一体となって………うーん、これはおいしい! なんてことない料理なんだろうけど、おいしい。バルセロナのcal pepのトルティーヤとはちょっと違うなあ。あれも食べたときは、「まあ、おいしい…かな」と思ったけど、うーん、ここのほうが全然おいしい。

 

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↑なので、続けてオーダーする。これはエビと貝のオイル煮…アヒージョなのかな、つまり? こんなものがおいしくないわけがない。だしが出まくりですごくおいしい。

 

 結局、「軽く食べる」はずが、がっつり食べてしまった。店内は最後までがらすきだったけれど…。

 お湯の出し方も覚えたし

 ふたりともすっかり満足して、帰宅。気合を入れて風呂を入れてみたら、なんとかお湯が出た………よかった……ほんとに……。どうもお湯を出しすぎるといけないらしい、と学ぶ。つまりカランを全開にせず、半分くらいにしておくと、給湯器もがんばれるようだ。…と学んだけれど、もうここのお風呂に入ることもない。さみしい。

 マリアは朝起きないというので、お別れも今、する。空港まではバスで行くといいわよ、全然安いし、タクシーよりほんの少し時間がかかるだけ、と教えてくれて、バス停の位置を詳しく教わる。マリアが最近お気に入りの中国人アーティストの絵を見せてもらったり、家族の話を聞いたりして、つたない英語で一生懸命ラストトーク。日本に来るなら連絡してね、とも言う。しかしうちには泊まれる場所はないの…とは言えなかったけど…。

 

 マリアが部屋にひっこんでからは、溜まった湯で風呂に入り、明日は早いので荷造も今晩中にしておかなければ、とがたごとやりながら夜がふけた。

スペイン旅行記 その29 Airbnbの限界を見た!

風呂は一日の禊

 …マドリードはつめこまない。と、決意したわりには、最後のソフィア芸術センターではすべてを素通りしてしまったほど疲れてしまった。自己コントロールというのは本当に難しい。

 しかしまあ、それもすべて終えて、意外にもおいしかったアメリカ料理を食べ、さあ、暖かいお風呂に入って寝ましょう、という段階に、それは起きた。

 

 我々の部屋には小さなプライベートバスがついていて、念願のバスタブはもちろん、ジェットバスまでついているというすごいバスルームだった。

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⇧なんかうまいことバスルームの全景を撮った写真がみつからず…。

 

 私はくじいた足を日々悪化させている夫のために、たまには先に入りなさいよ、と思いやりを見せて、バスタブに湯をためてあげた。そろそろいいかも、と声をかけて、彼が、ありがとうと言ってバスルームに消えて2分後。

「うわっ、なんだこりゃ!」

 バスタブにたまっていたのは、湯ではなく水だった。全裸になって思いっきり足を突っ込んだら真水だったので、思わず声をあげたらしい。う、かわいそう。そして、ここからまた、ひと騒動。

 

 どういうわけか、お湯が出ないのであった………。

 たしかにこのお風呂は、温度調節が難しいなと感じてはいた。突然ぬるくなったり熱くなったり、お湯がちょろちょろでたり、その逆だったりしたからだ。しかし、ある程度お湯が出て、よしオッケー、ということで浴槽にためたのだが、どうもその後すぐに水になってしまったらしい。

 カランではなくシャワーで出せばいいのではないか、カランを思い切りひねればいいのではないか、いや半分くらいがいいのではないか、等、様々に試したが、水のまま。台所にある給湯器(なんかあちこち扉をあけて探し出した)を夫が見に行き、「どうも作動してないらしい。この赤いランプがつくはずだけど、ついてないから。たぶん、もともと調子があんまりよくないのだろう」という。私は、「こういうときって、しばらくストップするべきだと思う」と言うと、夫は「いや、俺はずっと出しっぱなしにしておけば、なおると思う」とまるで反対のことを言う。いつもはすぐ言い負かされるのだけど、このときは、納得できなかった。私の野生の勘が、「しばらく休ませるべきだ」と警報を送っていたのである。しかし夫も譲らず、水を止めない。

 結局、諦めて私たちは顔と歯だけ洗って寝た。

 夫は疲れていると、平気で風呂に入らず寝てしまう人間だが、私にとってどうも風呂というものは禊のようなものらしく、風呂に入らずにベッドに入る、ということがまず考えられないし、実際そうやって寝ると、不快でたまらず、体が硬直して眠れない。まあ、メンタルが弱いってことなのだが。しかもこのときは真冬。さあ、あの素敵なお風呂で温まろう!と意気込んでいただけに、水しかでないというこの事態は相当ショックだった。裸になって真水につかった夫もつらかったろう。

 しかし、湯が出るのを待っている間、顔も洗い歯も磨きおえていたので、「もうだめだ。湯は出ない」と見切りをつけたあと、パジャマに着替えた。そして、心を鬼にして、「私は汚くない」と唱えて、布団に入った。

「まあ、湯船につかってる途中で水にならなかったのは不幸中の幸いだった」とつぶやいて布団をかぶると、夫が「おっ、前向きだね!」とちょっと驚いて笑った。

 そう、いつもだったらこのような状況で、私はただ泣いたりわめいたり落胆するのみ、の人間だったのである。「わあああー。こんなに疲れて寒いのに、お風呂に入れないー。わああああー。なんでー。どうしてー」と朝までわめきかねない、そんな未熟な人間であった…。しかし、いつのまにやら成長していたらしい(?)! 頭を切り替える、という新しい作戦を思いついたのである。「私は汚くない」「明日になったら湯は出る可能性もある」と唱えて寝てしまうのが、今、最も自分を楽に、幸せにする道なのだと、気づいたのである。そして実際、眠れた。自分でも驚いた。これは…なかなか成長である!

民泊、ここが限界点か

 自分の成長をかいま見た、という喜ばしいことがあったものの、疲れ切った一日の終わりに風呂に入れないというのは、つらいことにはかわりない。この事件で、私はつくづくと「ああー。これがAirbnbの限界かあ」と感じたのである。つまり、あの状況----夜遅く、風呂が壊れたとき----で、簡単に文句が言えないのである…。

いや、もちろん、言おうと思えば言える。言う権利はある。言うのが普通だし、大方の人は言うかもしれない。でも、私は、「ここでマリアを起こせない(寝てたかどうかもわからないが)」と思った。ついさっき、あの大量の洗濯をしてもらったということもあるし、そもそもマリアに言ったところで、あの給湯器がすぐに直るとも思えなかったのだ。「これがホテルなら……これがホテルだったら即、部屋を替えてもらうのに……」と思った。何度も思った。しかし、ここは普通の人の家。お金を払ってるとはいえ、できるだけつらい思いはしたくないし、させたくない。すると、クレームはよほどのことがないかぎり引っ込めてしまうのだ。「Airbnbだとこういうことがあるのだなあ。ホストがいい人であればあるほど、“悪くて言い出せない”ということが…」。

 なにもかもホテルより素晴らしい、と心底信じていたAirbnb。その限界を、この日見たのである…。

 そんな大げさな話でもないのですが。

 ただこういうとき思うのは、クレーム天国&お客様は神様ですの国、日本で暮らしていると、「多少の不便は我慢すれば?」という、ごく常識的なことを忘れてしまいがちなのだ、ということである。それがたとえ商売上のことであったとしても。

 まあ、ホテルに止まっててお湯が出なかったら、たぶん100%部屋を替えてもらおうとは思うけど、そうでもない、我慢しようと思えば我慢できることを、「なってない」とか「仕事はちゃんとしてもらわないと」的な感覚で、あれこれ追求するのは考えものだなあ、などと思ったりする。日本人は重箱のすみをつついて完璧を追求するからこそ、誰もが驚くおもてなしをできるのだし、敗戦後、猛スピードで経済成長できたのだとも思うけれど、自分にも他人にも完璧を求めすぎて、だからみんなすっかりぎすぎすしてしまった、という側面もあると思う。

 だからなにが言いたいのかというと、たしかにこれがAirbnbの、民泊の限界点ではあるのだけれど、だからといってホテルに舞い戻るのではなく、これもまたよし、旅の思い出にはいいネタでしょ、という心構えでいきたいものですね、というお話です。

 ちなみに、朝起きたら、がんばった私にご褒美をくれるかのように湯が出た。すっごくありがたかったです。

スペイン旅行記 その28 スペインのイタリア風アメリカンレストラン

中年女性は批判に弱い

「こうして読むと、マリア、気持ち悪いね」

 と、前回の記事を読んだ夫が言った。

「俺はマリアに会ってるから、いい人だってわかるけど、ああして文章になって読んでみると、ただの気持ち悪くて怖い人にも思えなくもないね」。

 ………。

「それはつまり、私の文章力がマリアを表現しきれていない、ということですか?」 と丁寧語で聞いてみると、「まあ、そういうことかなあ」。

 それで批判に弱い中年女性は無性に頭に来て、昨日は終日、書こうと思っていた旅行記の続きも書かずにドラマ「LOST」(今更!)と「ハウス・オブ・カード」をだら見して終わってました…。

 

 しかし今日は、そんなことではいかん、と思って立ち直りました。というわけでもう夕方だけれど書いている次第。前回の記事も読み直して、もっとマリアのいい人ぶりが伝わるよう、書き直さなければ。……そのうち…。

 

記憶からあふれたソフィア王妃芸術センター

 とりあえずは、マドリード2日め、洗濯事件の続きの夜から。

 

 ソフィア王妃芸術センターは平日19時~21時は無料入場できるので(日曜は13時~)、夜でかけることにした。ここも宿からは10分かそこら。おもしろかったのですが、昼の衝撃が強すぎたせいか、マリア洗濯事件で動揺してたのか、あまり記憶にありません…。もちろん、行くべき場所ではありますが。たしか、面白い絵もたくさん見たのですが、プラド(とくにゴヤ)→腰痛でマドリードをさまよう→洗濯してあった…のたくさんの事件が短時間に起きて、私の容量はもういっぱいだったのかもしれない。とにかくあんまり覚えていない。

 

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 帰り道、夜のマドリードをふらふらしながら、まだまだがらすきの、開店したてのレストランをのぞき、なにか食べようかと相談するが、おいしそうな店がありすぎて、決めきれない。しかし、夜にがっつり食べる習慣がないため私はなんなら食べなくてもいい。というか、夜9時におなかふくらませたくない。そこで、「俺は食べたいんだ」という夫の好きに決めさせることに。

 

 バルにするかフレンチにするか…などと悩んでいたはずなのに、なぜか連れて行かれたのはハンバーガー=アメリカン料理店。え? スペインでハンバーガー? なぜ?

「なんか肉が食いたい。評価も悪くないし」

 ふうん……いいのかなあ…と半信半疑で入店。店内はがらすき。土曜の夜9時すぎなのに、すいている。大丈夫なのだろうか。あの店もこの店も混んでたけど。

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 しかも、なんとも不思議な店だ。椅子やテーブルはウッディなアメリカンカントリー風なのに、店内のいたるところに古代ローマ風円柱がある。しかしその合間の壁には、メニューをラフに書いた黒板。いわば東京のカジュアルダイニング的な…。メニューを見ると値段は結構する。カトラリー類は重厚でグラス類もいろいろおいてあって、ファミレスとは一線を画してる風でもある。なんだろう…よくわからない…。なにを目指してこの店になったのだろうか…。戸惑いながら夫は当初の目的のハンバーガーを、私は野菜のグリルを注文。

 

 そしたら、またも美食の女神が現れたのであった。マドリードのアメリカン料理店にまで。

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 まず、お通し的な、必ずついてくる小さなソーセージ類をひとくち適当に口に入れたら、「あら!おいし!」と驚く。「やっぱり肉の国だからかなあ?こんなおまけのような肉がやたらおいしいなあ」と、何も食べないつもりだったのに、1本2本と口に入れてしまう。続いてきた野菜のグリルも、大ぶりに切った野菜たちが炭火で焼かれて、どーん、と大皿に載っていて、実においしそう。

 

実際、しっかり火が通っていて、香ばしくておいしい。夫のハンバーガーも予想外に立派なのが来て、テンションがあがる。食べたら食べたで、「うわ、これうまい」と声を荒げる。「肉が……肉が…」と言いながら、むしゃむしゃ食べる夫。

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 ひとくちもらってみると、たしかに肉がうまい。今挽いた、というような塊肉の残り香(?)をたっぷりふくんだ、ジューシーなパテで、あー、これは確かに、と、ひとくちのはずがふたくちみくち、ととまらない。しかも挟んであるのはレタスではなくルッコラ、とかいうのも気が利いてる。パンはチャバタだし、なんだろう、ここはマドリードにある、イタリア風アメリカンレストラン、なのか?

 こんなへんてこりんな、しかも週末の夜にがらすきの店なのに…つくづくおいしい店の判断は難しい。

 

 しかし本当に何を食べてもおいしい。なにか不思議なものに守られてる感すら出てきたなあ、などと言い合いながら帰りました。

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夜のマドリード

…で、このあとは風呂に入って寝るだけ、なのだが、このあともかるーく事件が起きるのであった…。つづく…。